ドキドキ！　わくわく？　悪魔の身体測定☆｜リアクション

ドキドキ！　わくわく？　悪魔の身体測定☆

　椅子に掛けた姿勢を動かさず、女は顔色ひとつ変えない執事が差し出したタオルを受け取る。そうして何か言おうと赤い唇を動かしかけたとき、
「で、何が目的なのかね」
　テーブルの向かいから至極冷静で平静な声が掛けられた。
　緊迫した空気を敢えて読まない態度で、旅鴉月詠はカップの紅茶を口に含む。けれど少女の身体には何の変化も起きない。
　普段通りのなんでもない顔で目の前に置かれたクッキーを極めて普通にもぐもぐしつつ、月詠は白衣の悪魔に話しかける。
「ただの愉快犯かもしれないが」
　悪魔であれば、それも大いにあり得るのだろう。月詠は小さく肩をすくめて笑う。
「悪戯の範疇であるなら別に何もしないよ。私も悪戯好きだからね」　
　ああでも、と女の背後に影じみて控える執事に緋色の瞳を向ける。
「理想の体型になったとして、元の世界では後でちゃんと戻るんだよね」
　淡々とした口調の確認に、執事は頷いて返した。
「私共が帰りましたら」
　ただし、と付け加えられた身体変化の条件──見た目は変わるが数値は変わらぬというともすれば不備にもとれるそれを、月詠は構わず是とする。
「なるほど、それならよし」
　執事のお茶を飲んだ者には後でちゃんと身体測定を受けるよう忠告するだけだと判断し、月詠は周囲を見回す。
(今の数字や見た目を偽っても後で現実突きつけられるだけなんだが)
　まあ、と小さく笑う。
　悪魔と対峙している者以外、テーブルについている者たちはこのひとときを楽しんでいるようにも見える。彼らが後にどんな思いをしようとも、ひとまずは自分を含め、
(楽しいからいいか)

　憤然とした様子の瑠樹と稀跡をまあまあと視線で宥めつつ、月詠は白衣の女に向き直る。どこまでも穏やかに言い聞かせる。
「いえね、ちゃんと身体を測るの大事なんだよ」
　子供が健康に成長しているかの指針になる。
　病気の早期発見につながる。
　ひとつひとつ数え上げてみせてから、小さく息を吐く。昨今の低体重を良しとする風潮はどうにかならないものか。
「体重など増えるものだよ。成長しているんだから」
　ダイエットは食事と運動のバランスが大事。減量すればいいというものではない。
「腹が弛んでなければいいだろうにと私は思うけどね」
　肩をすくめて笑ってみせてから、
「で、」
　その笑顔を不意に消す。
「一緒にきたウサギとの関係は？　あれとても危険なものだと思うのだが？」
　言葉を濁す白衣の女を紅い瞳に見据え、月詠は物静かな口調で一言一句区切って口にする。
「チャント、アトシマツ、シマショウネ」
　妙に迫力のある少女の言葉に、白衣の女はただ黙した。
「契約外の事だから君の責任だ。悪魔は契約を大事にするもの。そうだろう？」
「……あの方は」
　呻く白衣の女の耳に、執事が何事か囁きかけた。女の顔色が変わる。
「『たくさん首がもげた』、……そう」
「なっ……？！」
　女の呟きを聞き咎め、稀跡が食って掛かろうとするも、
「首を狩られたのはあの方の……貴女の言う『兎面』よ」
　だから、と女は椅子から立ち上がった。
「私たちはもう撤退。さようなら」
　安堵したような緊張したような複雑な女の表情の意味を月詠が問うより早く、女は紅茶に汚れた白衣を脱ぎ捨て、ヒールの踵で芝生を踏んで執事と共にその場を立ち去る。
「もうしばらく、ここは残っているから」
　背中でそれだけを付け足す女に、月詠はひらりと手を振って返した。
　ならばあとはこちらに来た者を見守るだけとしよう。
　何処ともなく消え去る女と執事を見送って後、月詠は鞄からスケッチブックを取り出した。声を掛けるのは、テーブルのあちらこちらについている性転換してしまった者や『理想の体型』を得た者たち。
「必要なら描いてやろう。写真には写らないだろうから」
　描いて欲しいと近づいてきた少年少女に、月詠は頷いて返す。
「ポーズをとるといい。ラフができたら行ってよし。完成したら送ってあげよう」