遺跡のおそらく最下層に当たる迷宮は、巨大な空洞の中に、おそらく建築物がすっぽり入り込んでいるような案配だった。
　どこまでも列柱が奥まで続いていく通路は、往時の建築の見事さを忍ばせる。
　
　――追いついたみたいだね。

　ポーラの声に顔を上げると、そこにはすっかり身を清めてさっぱりした魔物探索隊の姿があった。
　通路の果てには、巨大な扉があり、その向こうからは恐ろしげなうなり声が聞こえる。

「者共！　いざ！　――ドラゴン、食べますよ！」

　志桜里のかけ声と共に、扉が開かれた！

　――デカいっ！

　ドラゴンを目の当たりにした一同の、最初の感想がそれだった。
　通常のドラゴンよりも、さらに丸々と太った巨漢。
　巨大な球体が、広壮な天井までを占めている。
　そこから伸びた首が大きくうねり、一同めがけて突っ込んでくる。

「危ない！」
　
　鈍重そうな外見に似合わない、敏捷な頭部。
　球形の身体を転がるように移動させると、すさまじい勢いで鉤爪や翼撃が襲いかかってくる。
　ユーモラスな外見に似合わない、凶暴な攻撃。
　どこから攻撃が飛んでくるかわからない。
　下手をすれば、あの巨大な体躯に押しつぶされてしまう。
　メタボリック・ドラゴン――ただでさえやっかいな竜退治、下手をすれば手こずりそうだ。


「ハウ君！」
「はいよ、よろしく！」
　志桜里の呼びかけに答えて、ケルケルンは躯を剣に戻す。
　緑の光と共に一振りの刀身へと変わったハウケルンを、志桜里は振り向きざまなぎ払う。
　ドォン！
　試し打ちの威力を押えた一撃、それでも衝撃破は列柱をなぎ倒し、竜の腹部を一撃する。
　名にし負う、すさまじい威力の霊剣･･････。

「やるじゃない、志桜里」
「まだです！　これでは勝てない！」

　秘月の声に、志桜里は答える。
　ムダな攻撃では、ドラゴンに決定的なダメージを与えることは出来ない。
　全力の一太刀。手加減なしのフルパワーの一発だけが、竜を倒すことができる。
　それを外さないためには、相手が十分に消耗しきって、隙を見せていることが必要。
　盾を突き出し、星の力を解放。同時に風の力でガードを試み、ドラゴンのファイアブレスを防ぐ。
　万全の防御を期しつつ、牽制。

　ならば、ドラゴンの隙を生み出すべく、全力で戦いを挑むのみ。
　勇躍最前列に飛び出したのは、アシュリー、ティオレ、それからほしびとの二人、リリエルとメリィのコンビ。

　リリエルはフライパンを構えつつ、前方に飛び出したメリィを至近距離で援護。
「メリィちゃん、援護は任せてください！」
「うん、わかった、リリエル！」

　メリィは倒れた柱を三角飛びすると、お得意の空中殺法で突撃する。
　空中でムーンサルト、そこからバードキックをドラゴンの頭部に見舞う。
　いつもと変わらぬ、軽快な攻撃だ。
　
「うわっ！」

　そんなメリィを、ドラゴンの鉤爪が狙う。
　間一髪、躱しきれない。はじき飛ばされて床に着地。
「メリィちゃん！」
　リリエルの悲痛な叫びが響く。
「よっと」
　いち早く駆けつけた秘月、詠唱済みの治癒の力を解放する。
　瞬く間に回復した虎の子は、再び勇気百倍でドラゴンにとびかかる。
　驚くべき素早さだ。

（やりますね……秘ぃ）

　堅牢なガードを保ちつつ、志桜里は今回星幽塔初めての友人の姿を確認する。
　初心者ロッドを駆使する秘月の動きは俊敏だ。
　手数の少ない分、彼女のできることは単純な回復、それから攻撃力の上昇のみ。
　しかし彼女は、戦場の状況を素早く把握し、もっとも効率的に回復を行うすべを心得ていた。
　効果的で、巧みな回復は、支援魔法にも匹敵する。
　まだ体力が有り余っているのに、治癒の力が施され、首をかしげていると、逃れられないドラゴンの火球の一撃に見舞われたりする。あらかじめ相手の攻撃を読み切って、過剰な回復を行うことで、戦場の攻撃ラインを切らずにすむ。
　状況を判断する能力にたけた、秘月ならではの見事な治癒のサイクルだ。
　
　効果的な治癒が続いていくのを見て、リリエルは援護射撃をよりアグレッシブに行うことを決意。
「フライパンで火球を作ります！」
　凝集された星の力が、まるでパンケーキのように膨らむ。
　テニスラケットのようにぐっと構えたリリエル。
「それーーっ！」
　ぶんと振り回し、火球を投擲する。
　瞬間、轟音とともに、薄暗い天井が赤く照らしだされる。
　ミサイルが頭部に突き刺さったような、すさまじい爆轟に、竜がもだえ苦しむ。
　魔術の才に恵まれたリリエル。心優しい彼女、援護や治癒の技を得意とするが、いざ攻撃を任せてみても、このくらいの破壊力をもつ出力はお手の物だった。

「これでどうだー！」

　メリィの肉球の一撃が、ドラゴンの頸に打ち込まれた。

　この機を逃してはならない。
　志桜里はあらんかぎりの星の力を開放し、聖剣に集中していく。
　ハウケルンの刀身から揺らめき立つ光が、もはや正視できないほどに高まっていく。
　秘月から援護の力が飛ぶ。鼓動の代償、攻撃力の上昇だ。

「ルークさん、巻きこまれないように！」
　一声はなって、志桜里は防御をかなぐり捨て、同時に最前列に躍り出る。

「広間ごと膾にしてやりましょう、ハウ君！」
「わわわわ、しおりねーちゃん、とばしすぎ！」

　竜の懐に入り込んだ志桜里、逆手に構えた聖剣を、気合とともに振り下ろした！

　ドオオオオオオオオ……ッッン……

　すさまじい音響が、洞窟を揺らした。