【星幽塔】第一階層　冒険は自給自足で｜リアクション

【星幽塔】第一階層　冒険は自給自足で

「それでは参りますか･･････」
　バーベキューの設営を終えた一同は、あたりを見まわす。
　志桜里は傍らに立てかけておいた、豪奢な長剣を手に取る。
　優美な反り身の刀身をおさめる鞘からも、刀の持つ星の力があふれ出てくるようだ。
「聖剣ハウケルン･･････」
　ポーラが感嘆の声を漏らす。
　志桜里はすらりと剣を抜きはなつ。
　美術品のように緻密なレリーフの施された刃からは、翠緑色の星の力が流出してくる。
　その名を知られた聖剣ハウケルン、力を認めた勇者にしか、自らのマスターとなることを許さないと言われている。
　試練の末にハウケルンの共有者の一人となった志桜里、今回は剣のポテンシャルを確かめ、他の使用者と情報を共有するためにも、ハウケルンの出動を願ったのだ。
　――と、剣の光がひときわ強く輝いたかと思うと、急激に収斂。
　中から現れたのは、メイド姿の美貌の男の子。
　ハウケルンのもう一つの姿、化身体だ。
「剣としての力を発揮できる時間は長くないので、ドラゴンまでの道中は化身姿で戦ってもらい、温存します」
「その格好は君の趣味かね、志桜里君」
「よしんばそうだとしても、あなたに性癖を晒すほど、無防備じゃありませんよ。秘ぃ」
「へへへー、しおりねーちゃん、ひさしぶりー」
　ハウケルンは志桜里を見ると、屈託のない笑顔を浮かべる。
「早く行くぞ。洞窟内の異変を、ドラゴンが気づいたら面倒だ」
　フォルカの言葉に、一同が頷いた。

●

「ほいっ！」
　ハウケルンの俊敏な一撃で、コボルドたちが瞬時に気絶する。
　唖然とする一同。
「化身体なのに･･････とんでもない戦闘力だな･･････」
　ポーラが呟く。
　道中の魔物は、一同が直接手を下さなくても、ハウケルンが全て捌いていった。
「本気の私たちを軽々あしらう程なのですが･･････」
　主人たる志桜里も鼻が高い。
「それくらいでないと、ドラゴン相手は務まらないーーという事でっ」
「ねーねー、しおりねーちゃん、みてたー？」
　まるで主人にすりよる子犬のように、ハウケルンは志桜里に体を寄せてくる。
　完全に無力化されたコボルドの一群は、ピクリとも動かない。
「さすがに人型の生き物を食べる気にはなれないな･･････」
　冒険慣れしたティオレは、固い肉をシチューにしたことがあると言っていたが、やはり積極的に口にする気にはなれない。
「･･････秘月さん、行きますよ？」
「あ、ハイハイ」
　呼び止められた秘月、コボルドの体から目を離し答える。
　そして去り際に、その体にもう一度目を走らす。
（君ちょっと、お腹のバランス悪くないかい？）
「ちょっとダイエットすれば良い感じに･･････」
「どうしました？」
「いや･･････ゲフンゲフン」
　あらぬ妄想を、秘月は咳払いをしてごまかす。

　悟られてはいけない･･････自分の秘密の性癖を。

　それが単純に審美的な興味なのか、それともなにか別の餓えににた情欲に拠るものか、本人にもわからない。
　筋肉のつくる翳り、レリーフのような精密な陰影。
　それに彼女は強く惹かれていた。
　たくましく鍛え抜かれた腹筋はもとより、だらしなく突き出た下腹部もチャーミングだ。
　陽に焼かれた浅黒い膚も、一度も日に当たったことのない不気味な深海魚の腹部めいたなまっちろい膚も、それぞれ麗しい。皮膚はそれ自体ひとつの感官である、感じやすく傷つきやすい領域。そしてその皮膚の下には、脈打つ肉体と、堅牢な肋骨がある。それらの美しいバランスは、彼女を狂おしいほど熱狂させ、詩的な感興へと誘う尽きせぬ霊感、直感の泉なのだ。
　
　端的に言ってしまえば秘月さんは筋肉好きのド変態なのだが、勿論、それを知られる訳にはいかないのだ。
　大事な友人を失うわけにはいかない。
　ゴブリンの腹を名残惜しげに見ながら、彼女は遺跡の奥へと入り込んだ。