寝子島電鉄霊界線　黄橡駅（１）

　あやかし。妖怪。おばけ。
　こんなにも間近で見ることになろうとは。
「『ぬらりひょん』……さん？」
「ま、そう呼ばれとるよ。妖怪どもの総大将、なんちゅうて呼ぶモンもおるがの……はてさて」
　白 真白は思わず、三佐倉 千絵へ視線を投げた。千絵は少し困ったように、しかし笑って肩をすくめる。
　ぬらりひょん。確かに人ではなかろう。頭が異様に大きく、後頭部はやけにぷるぷるとしている。
　しかしその佇まいはなんというか、こう……ふらりと孫の顔を見に来た、健脚で闊達な気のいいおじいちゃん。といった風情であった。
「ぬらりひょんさんは、アナログゲームに興味があるそうですよぉ」
　と言ったのは、雪寄 愛唯だ。幽霊であり、ふわふわ浮かびながら笑う。ちょうど何かゲームを選んで、ぬらりひょんと遊んでみようというところだったらしい。
「わしゃ盤上遊戯に目が無くての。人間の作るげぇむとやらを、一度遊んでみたいと思っとったのよ」
「ふむふむ。ぬらりひょんさんはゲーム好きと。だったら話は早いよね！　千絵ちゃん、オススメのゲームない？」
「えっと、それなら……雪寄さんが選んでくれた、これはどうですか？」
　千絵が商品棚から持ってきたのは、その名も『にゃあっていうゲーム』。一見しただけではどんな遊びか分からないが、愛唯が説明してくれた。
「お題となる言葉に、複数の意味が設定されているんですけど、発言者がどの意味を込めてその言葉を発しているか、その演技から読み取る……っていうゲームみたいですよぉ。楽しそうでしょ～？」
「ほほう！　そんなげぇむは聞いたこともないわい。人間の発想ちゅうのは面白いのう」
　どうやらぬらりひょんはやる気のようだし、真白も興味をそそられた。
「よっし、じゃあそれやってみよっか！　みんなでやろうよ。千絵ちゃんもいっしょにさ」
「は、はい。それはいいんですけど……真白さん、少しおさえて。冷気が出てますから」
　今日の真白は、雪女なのだった。興奮するとひんやりしたものが漏れ出てしまうらしい。
　ぺろりと舌を出した真白にくすりと笑んでから、愛唯がゲームの箱を開封した。
「さあ、ゲーム開始ですよぉ♪」



　真白のターン。冷気を抑えながらに、

　　　　　　　「……にゃあ！」

「ふむ。今のは、『ナワバリ争い』のにゃあじゃないかの？」
「私は、『不機嫌』のにゃあだと思います！」
「わたしも、『ナワバリ争い』に一票ですぅ」
　一つの文脈にあらかじめ設定されたいくつかの意味合いから、どの意図で言葉を発しているかを当てるゲームである。発音やイントネーション、細やかなニュアンスの違いを読み取り、正解を導き出すのだ。
「正解は、『不機嫌』でした！　千恵ちゃん、大正解～」
「ふふっ。今日はなんだか、冴えてる気がします！」
　千絵はどうやらサトリ化しているようだが、まあ本人が気づいていないようなので、真白は黙って上機嫌な彼女を眺めておくことにする。
　ゲームのお題は単純な『にゃあ』に始まり、ちょっとしたセリフや、いくつかのセンテンスで構成された一文もある。例えば、
「ほいじゃあ、わしの番じゃな。ふふふ、こいつは何と読む？　……『ありがとニャ』」
「あはは、おじいさまかわいい！」
　きゅんときた幽霊愛唯、思わず宙に浮かびくるりと一回転。ぬらりひょんもふぉっふぉっふぉ、てなものである。その人が普段言いそうにないセリフを聞けたりするのも、このゲームの楽しみの一つだろう。
　さらには、お題は言葉だけには止まらない。
「次はわたしの番ですぅ。それじゃ、行きますよ～」


　おもむろに愛唯はぷかりと浮かんだまま、すやすやすぴーと寝顔を披露する。お題は『寝顔』である。
　セリフのみならず行動も含め、このゲームはとかく演技力を問われるのだ。
「これは……分かった、『美味しいものを食べる夢を見てる』時の寝顔！」
「気持ち良さそうに笑っとるのう。伴侶と逢引しとるのじゃないか？」
「ふふふ。正解は～……『お金持ちになった夢を見てる』ところ、でしたぁ～」
　声優としては声の演技が達者なところも見せたいところだが、それは次のお題にとっておこう。
　そんなこんなで『にゃあっていうゲーム』は、たいそう盛り上がったのだった。



「ゲームショップかぁ。学生時代にはこういうお店、ほとんど来たことなかったわね」
　残業帰りの深夜、明かりにつられて来店した三夜 深夜子は、ゲームショップ『クラン・Ｇ』が照らす明るい光にちょっぴり、遠い目を浮かべずにいられない。ひたすら勉強に明け暮れた学生時代を思い返せば、もう少し遊んでも良かったろうにと思わないでもないが、まあ今さら言っても青春を取り戻すことはできないのだ。
「いらっしゃいませ！　今日はなんというか、臨時開店といいますか」
「あら、そうなの。外のおばけ騒ぎのせい？　なんにしてもちょうど良かったわね」
　まだ幼さを感じる店員の少女へ笑みを返し、店内をぐるりと見回す。
　成人して仕事についてからも、あまりこういった店に入ったことは無かった。わいわいとゲームを遊ぶ客たちの賑やかな声に触れれば、たまにはいいかな、という気分にもなってくる。
「お嬢さんや、こっちで一緒にげぇむをやらんかね？　ちょうどもう一人参加者が欲しかったところでの」
「あら、いいのおばけさん？　じゃ、お邪魔しちゃおうかしら」
　せっかくなので混ぜてもらうことにする。卓には一見しておばけのぬらりひょん爺に、雪女な真白と幽霊な愛唯の姿もある。
「次は、定番の『ニャタン』で遊ぼうかなと思って」
「お姉さんもさあ、どうぞどうぞぉ」
「ありがと！」
　ちょうどやってきたおばけの客たちの応対でてんてこまいな千絵の代わりに、深夜子も卓につく。
　『ニャタン』はドイツ生まれのボードゲーム。無人島であるニャタン島へ入植したプレイヤーたちが競い合って開拓を進め、もっとも繁栄した者が勝ちとなる。今でこそ日本でも多くのボードゲームが発売されているが、このニャタンはその先駆けとなった人気かつ定番のゲームなのだ。
「開拓地を拓いて、都市を建設して、交易路を繋げて……結構いろんなことができるのね」
「ふぉっふぉ。まずはお嬢さんの手番じゃな」
「は～い、じゃあいっくわよー！」
　深夜子は初めてのプレイだが、とっつきやすいルールがありがたい。
　資源を集め、開拓地を広げ、都市を築いてゆく。ニャタン島の入植者は深夜子だけではなく、真白も愛唯も、ぬらりひょんもそれぞれに勢力地を広げてゆく。負けてはいられない。
（むむっ？）
　ぴくりとして、深夜子は盤上と各プレイヤーたちを見比べた。
（何だか、思考が読めるような……？）
　次の手番に何をしてくるのか、頭の中に伝わってくる。深夜子もまた、サトリの能力を得ていたようだ。
　さっそく得た情報を用いて、勝利を目指し……となろうかと思いきや、深夜子は自らの意思でその能力を遮断してしまった。
「必ず勝つゲームなんてつまらないものね。運と実力で勝ったり負けたり、が楽しいのよー！」
「あっ、ひとりじめカード？　鉄鉱石総どりかぁ、お姉さんやるねー！」
　悔しさを感じさせず、真白が明るく言いながら資源を深夜子へ譲る。
「ふっふふ、甘いですよぉ。探索カードで、資源を補充しますぅ」
「ではわしは自警団かぁどを使って、おぬしの城から資源をいただくかのう」
「ああっ、おじいさま、そんなご無体な～」
「ふぉっふぉっふぉ！」
　女の子たちも、おばけのおじいさんも、すっかりゲームにのめりこんで楽しんでいる。サトリの能力が無くったって、伝わってくる。
　仕事の疲れも吹き飛んで、深夜子は良い気分。
（学生時代に、こんなふうに遊べる仲間がいたら良かったのにね）
　などと悔恨もよぎるが、とはいえ今は趣味にも時間とお金を費やせる身の上だ。またこの店を訪れることもできるだろう。
「街道建設カード発動！　どんどん開拓しちゃうわよ～！」
　久方ぶりに日常を忘れ、深夜子もまた、のめりこんだ。