希望＜ネガイ＞が現実＜ホント＞になるところ。それがらっかみ！｜リアクション

希望＜ネガイ＞が現実＜ホント＞になるところ。それがらっかみ！

　制服を着た八神修は南校舎の三階にいた。廊下を歩いて各教室を覗き込む。
　授業はしていなかった。数人の生徒が集まって雑談に興じていた。
「俺を含めて、どうして春休みの学校に来たのだろう」
　考えを巡らす。明快な答えを見つけられないまま、第一グラウンドに目を向ける。人は疎らで部活動も行われていなかった。
「……人はいるが、知った顔がいない」
　その事実に違和感を覚えるのか。口を閉じて現れる人々に注目した。
　駆け寄るような足音が横手から聞こえる。
「修君、どうして学校に？」
　目をやるとあおいが制服姿で駆け寄る。
「朝から学校のことが気になって。あおいは？」
「私も同じかな。理由はわからないんだけど」
「あら、ここにもあたしの魅力に引き寄せられた子猫ちゃんがいるわね」
　リズミカルな調子でフジコ先生が歩いてきた。一気に距離を詰めると二人に息を吹き掛けた。
「新しい自分を楽しむといいわ」
　ウインクをして風のように立ち去る。
　黙って見送ると修が異変に気付いた。
「俺が小さくなった？」
「私は大きくなったかも」
「いや、違う。あおいが男性に！？」
　修は視線を上に向けた。ツインテールは短髪となった。止めていたゴム輪が足元に落ちていた。蒼い瞳は切れ長となり、美丈夫に相応しい体格に変わった。
「スカートがズボンになっているよ」
　あおいは長い脚に視線を向ける。
「俺はスカートか」
「それだけじゃなくて、女の子らしくなったね。髪がロングで目はぱっちりだし、肌も白くなったような感じね」
「妙な気分だ。脚が涼しいのも落ち着かないというか……」
　修は大股で歩いてみる。スカートの位置が気になるのか。自然に小股となった。
「俺はスパッツを穿いている、と思い込めば……え」
　口にした瞬間、黒いスパッツを穿いていた。
「修君、スパッツだよ」
「もしかして、言ったことが現実になるのか？」
「今日はエイプリルフールだけど。そういう日ではないよね」
　あおいは窓枠の僅かな出っ張りに腰掛けた。目を伏せて、やや唇を尖らせた。
「試してみるか」
　一言のあと、修は考える間を空けた。
「……俺は人間の言葉を理解して話すことができる猫の妖怪だ。人間界にきた目的は嫁探しだ」
「ちょっと、本当に猫だよ！　サバトラ柄でさっきよりも小さくて可愛い！」
　あおいは後ろ脚で立っていた修をたくましい腕で抱えた。
「あ、あの、あおい？」
「回りたくなってきた！」
　あおいは修を抱えたまま、一緒に回る。
「こ、このメリーゴーランドは厳しい」
　凄まじい遠心力に修の小さな頭がガクガクと揺れ動く。
「あ、ごめん。力の加減が難しくて」
　あおいは恥ずかしそうな笑みで修を下ろした。安定しない状態でふらふらとする。
「なんか、楽しそう。私も猫の妖怪になる」
　一瞬で姿が変わる。あおいはトラ柄の猫となった。
「修君、どうかな」
「勇ましい感じがするね。人間界にきた目的は婿探しなのかな」
「うん、それでいいよ」
「じゃあ、俺と同じだね。猫の妖怪同士、結婚しようか」
「そうだね。結婚しよう！　可愛い妻の為にばりばり働く、って言っても猫の妖怪は何を仕事にするのかな」
「それは、そうだね。なんだろう」
「まあ、よくわからないけど、よろしくね！」
　あおいは修の肩に腕を回した。
「妖怪らしく、人間を驚かしてもいいかもね」
「それもいいけど、結婚式を挙げたりとかは」
「そんなの後でいいよ。人間だって婚姻届け一枚で結婚する人もいるんだから」
　あおいは青い瞳を細めて猫とは思えない豪快な笑い声を上げた。
「やっぱり、あおいはあおいなんだね」
「猫の妖怪で性別も違うけどね！」
　二人は肩を組んだ姿で陽気に廊下を歩いていった。