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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
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【お花見】花の盛りの寝子島で
ととん、ととん。軽やかな音を立てて電車が揺れる。
「胡桃ちゃん」
向かいの席で一緒に缶入りのあったかい甘酒に口をつけている従妹の日下部 胡桃に、愛猫 萌々子は呼びかけた。
「はい、萌々子姉様？」
個室の窓の向こうで海風に揺れる桜を映していた黒曜石の瞳を瞬かせ、左右で結った琥珀の髪を揺らし、萌々子とよく似た面差しの少女が小さく首を傾げる。
「聞きたいことが、あるんです」
「はい」
花見客で賑わう寝子島街道を見つめたまま口にする萌々子に対し、胡桃は真っすぐに萌々子を見つめてきた。
自分の髪と同じ色した瞳のまなざしを横顔に受け止め、萌々子は甘酒を口に含む。喉を焼くほどの甘さに、己の内ではひどく聞き辛いことに分類していることを訊ねる勇気を得ようとする。
「お母様は、自分の家のことをほとんど話さない方でした」
最初のひとことを声にしてみる。
母は、──愛猫 芽生子は、萌々子が小学生の頃に亡くなった。
父は厳しくて、だから母のことを聞くのは怖かった。幼い頃から父と対峙することに怯えていた。父との関係は回復傾向にあるけれど、もしかしたら、今も。
「寝子島の出身なのはこっちに来てから知ったのですが……」
元々寝子島に住まう胡桃の家──日下部家が実家であると聞いたのは、胡桃が話してくれたからだ。
胡桃の父親が母の弟で、だから胡桃は母のことを何かしら聞いているかもしれない。寝子島での母はどんなひとだったのか。どうして父のもとに嫁いだのか。あの厳格な父のもとで、母は幸せだったのか。
甘酒の缶を両手でぎゅっと握り締め、萌々子は眼鏡の奥の琥珀の瞳に力を籠める。窓の外を流れる桜並木を睨むように見つめたまま、出来る限り柔らかな態度で尋ねようと務める。
「どんな些細なことでも構いません、教えてください」
「芽生子おばさまとは会ったことないんです、うちのパパから話聞くぐらいしかなくてー」
「聞いたことある情報でいいんです」
「たしか通ってた本土の高校を卒業してすぐお嫁に行ったそうですよ」
曖昧な記憶を手繰り寄せるように、胡桃は首を傾げる。
「その人が愛猫って苗字だったから、きっと萌々子姉様のパパなんでしょうね」
「高校を卒業して、すぐ……」
今の自分より二つ年上なだけの年齢で、母は父と結婚した。
(たった十八で)
そう思ってしまうのは、自分が幼いゆえなのだろうか。生涯の伴侶としたいと想う誰かにまだ出会えていないからだろうか。
(……お母様)
胸の内にある母の姿にうまく焦点が合わせられず、萌々子は焦る。
知りたいのに。
いとこの口から母のことをもっと聞きたいのに。
「もっと、……」
「萌々子姉様？」
「もっと何かありませんか！」
缶をテーブルに置く。小さなテーブル越しに胡桃と視線を合わせ、それだけでは足らずに身を乗り出す。胡桃の手を掴もうとして、電車の揺れに身体が傾いだ。慌てて体勢を立て直し、すとん、と座席に座り直す。
どこか思い詰めた様子の萌々子に、胡桃は快活な笑みを向けた。
「ほら、桜めっちゃキレイですよ！」
気を取り直したように立ち上がり、萌々子の隣の席に移ってくる。窓の外を埋め尽くす桜のトンネルを指し示し、
「せっかくお花見電車乗ったんだから、ちゃんと見とかないとソンですってー」
どこまでも明るく笑う。
隣で笑ってくれるいとこに、萌々子はつい力の入りすぎてしまった掌をそっと開いた。ほとんど知らない親戚のことについて迫りすぎてしまったかもしれない。
(強要されるのも嫌ですよね……)
それに、彼女は隠しごとが下手だ。
(私と、違って)
彼女は本当に知らないのだと自分に言い聞かせる。母の話は、今は打ち切りにしてしまおう。
(お母様のことは、お父様と胡桃ちゃんから)
少しずつ聞き出せばいい。胡桃はこの春から寝子高校に通う。顔を合わせる機会も増えるはず。
そう思って窓の外を眺めやれば、見る間に満開の桜が視界いっぱいを埋めた。
春爛漫の季節に思うのは、今の自分の状況。
こうして落ち着いてお花見ができるなんて、去年は考えられなかった。
(お父様から逃げるように家を出て、寝子島に移って、)
父との軋轢で無気力に過ごして来た日々が一変するかもしれないという期待と同時、この先どう生きてゆけばいいのかという不安も大きかったために、あの頃は桜を楽しむ余裕もなかった。春の空と桜を仰いだ記憶もあまりない。
けれど今は、父とも話せるようになった。色んなことを楽しめるようになった。少し落ち着いて、周りを見回せるようになった。
「そうですね」
隣に座ってくれる胡桃にそっと微笑みかける。
「桜、……とても綺麗です」
「胡桃ちゃん」
向かいの席で一緒に缶入りのあったかい甘酒に口をつけている従妹の日下部 胡桃に、愛猫 萌々子は呼びかけた。
「はい、萌々子姉様？」
個室の窓の向こうで海風に揺れる桜を映していた黒曜石の瞳を瞬かせ、左右で結った琥珀の髪を揺らし、萌々子とよく似た面差しの少女が小さく首を傾げる。
「聞きたいことが、あるんです」
「はい」
花見客で賑わう寝子島街道を見つめたまま口にする萌々子に対し、胡桃は真っすぐに萌々子を見つめてきた。
自分の髪と同じ色した瞳のまなざしを横顔に受け止め、萌々子は甘酒を口に含む。喉を焼くほどの甘さに、己の内ではひどく聞き辛いことに分類していることを訊ねる勇気を得ようとする。
「お母様は、自分の家のことをほとんど話さない方でした」
最初のひとことを声にしてみる。
母は、──愛猫 芽生子は、萌々子が小学生の頃に亡くなった。
父は厳しくて、だから母のことを聞くのは怖かった。幼い頃から父と対峙することに怯えていた。父との関係は回復傾向にあるけれど、もしかしたら、今も。
「寝子島の出身なのはこっちに来てから知ったのですが……」
元々寝子島に住まう胡桃の家──日下部家が実家であると聞いたのは、胡桃が話してくれたからだ。
胡桃の父親が母の弟で、だから胡桃は母のことを何かしら聞いているかもしれない。寝子島での母はどんなひとだったのか。どうして父のもとに嫁いだのか。あの厳格な父のもとで、母は幸せだったのか。
甘酒の缶を両手でぎゅっと握り締め、萌々子は眼鏡の奥の琥珀の瞳に力を籠める。窓の外を流れる桜並木を睨むように見つめたまま、出来る限り柔らかな態度で尋ねようと務める。
「どんな些細なことでも構いません、教えてください」
「芽生子おばさまとは会ったことないんです、うちのパパから話聞くぐらいしかなくてー」
「聞いたことある情報でいいんです」
「たしか通ってた本土の高校を卒業してすぐお嫁に行ったそうですよ」
曖昧な記憶を手繰り寄せるように、胡桃は首を傾げる。
「その人が愛猫って苗字だったから、きっと萌々子姉様のパパなんでしょうね」
「高校を卒業して、すぐ……」
今の自分より二つ年上なだけの年齢で、母は父と結婚した。
(たった十八で)
そう思ってしまうのは、自分が幼いゆえなのだろうか。生涯の伴侶としたいと想う誰かにまだ出会えていないからだろうか。
(……お母様)
胸の内にある母の姿にうまく焦点が合わせられず、萌々子は焦る。
知りたいのに。
いとこの口から母のことをもっと聞きたいのに。
「もっと、……」
「萌々子姉様？」
「もっと何かありませんか！」
缶をテーブルに置く。小さなテーブル越しに胡桃と視線を合わせ、それだけでは足らずに身を乗り出す。胡桃の手を掴もうとして、電車の揺れに身体が傾いだ。慌てて体勢を立て直し、すとん、と座席に座り直す。
どこか思い詰めた様子の萌々子に、胡桃は快活な笑みを向けた。
気を取り直したように立ち上がり、萌々子の隣の席に移ってくる。窓の外を埋め尽くす桜のトンネルを指し示し、
「せっかくお花見電車乗ったんだから、ちゃんと見とかないとソンですってー」
どこまでも明るく笑う。
隣で笑ってくれるいとこに、萌々子はつい力の入りすぎてしまった掌をそっと開いた。ほとんど知らない親戚のことについて迫りすぎてしまったかもしれない。
(強要されるのも嫌ですよね……)
それに、彼女は隠しごとが下手だ。
(私と、違って)
彼女は本当に知らないのだと自分に言い聞かせる。母の話は、今は打ち切りにしてしまおう。
(お母様のことは、お父様と胡桃ちゃんから)
少しずつ聞き出せばいい。胡桃はこの春から寝子高校に通う。顔を合わせる機会も増えるはず。
そう思って窓の外を眺めやれば、見る間に満開の桜が視界いっぱいを埋めた。
春爛漫の季節に思うのは、今の自分の状況。
こうして落ち着いてお花見ができるなんて、去年は考えられなかった。
(お父様から逃げるように家を出て、寝子島に移って、)
父との軋轢で無気力に過ごして来た日々が一変するかもしれないという期待と同時、この先どう生きてゆけばいいのかという不安も大きかったために、あの頃は桜を楽しむ余裕もなかった。春の空と桜を仰いだ記憶もあまりない。
けれど今は、父とも話せるようになった。色んなことを楽しめるようになった。少し落ち着いて、周りを見回せるようになった。
「そうですね」
隣に座ってくれる胡桃にそっと微笑みかける。
「桜、……とても綺麗です」
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2021年01月23日
- 参加申し込みの期限
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- 2021年01月30日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2021年01月30日 11時00分
