四月も間近になって温かさを増した潮風が、堤防沿いに爛漫と咲く桜を散らして空へと舞いあげてゆく。
「春ですね」
「ああ、春だ……」
桜舞う空を仰ぎ、隈の浮いた深い翠の瞳を細める
日月 透の横顔を横目に盗み見つつ、
望月 神無は小さく頷いた。慢性的に寝不足な横顔がそれでも眩しく見えるのは、背後で春陽に輝く海のせいか、それとも。
「日月先生」
隣に座る大切なひとの名を呼んでみる。ただそれだけで胸がふわりと熱を帯びた気がして、神無は緋色の瞳を淡く淡く和らげた。
「はい」
呼べば応じてくれる透の傍ら、ほんの少しだけ身を寄せてみる。肩が触れるか触れないかのところで動きを止める。
傍らの猫背は眠たげに空を仰いで動かない。
「……神無さん?」
不思議そうに瞬く透のまなざしに、神無は無表情なままに緩く首を横に振った。
「何でもない」
「そうですか」
「……呼んだだけ」
「……そうですか」
くすりと笑う一回り以上年上のひとに、薄紅になってしまった頬を見破られた気がして掌で頬を抑える。
(俺は、やっぱり)
このひとには一生敵わないのかもしれない。
ととん、ととん。心臓の音のように線路が鳴っている。
腰を下ろした座席から響いてくる列車の車輪の音に、
結城 日和は亜麻色の睫毛に縁どられた蒲公英色の瞳を細めた。耳を飾る銀のイヤリングが春の日差しを跳ね返す。
視線を上げれば、窓の向こうに海が見えた。
春のぬくもりと光に、ふと思い出すのは、いつかの電車内。
肩を並べて吊革に掴まって、短い会話を交わしたあの日のこと。
陽の色に縁取られて見惚れてしまいそうに綺麗だった端正な横顔も、深爪気味の細くて長い指先も、
──結城
耳に触れる低く深みのある声も。
(……だーいすき、だよ)
胸に囁けば、心は春色に染め上げられる。
ととん、ととん、ごうっ。規則的に刻まれていたリズムに、擦れ違う列車に渦巻く風の音が混ざる。彼を想って高鳴る胸にシンクロする。
「……ん?」
行き合った列車がいつもと違って見えて、日和はちらりと首を傾げた。頭を巡らせて追えば、擦れ違った列車はどうやら桜の開花に合わせた特別仕様のものらしい。
(お花見電車、だっけ?)
駅舎で見たポスターを思い出す。
(そうだね)
窓の外、列車が過ぎて開けた景色を鮮やかに埋める桜を見遣り、日和は桜より華やかに微笑む。
(こんなに、綺麗……)
踏み出した靴先に舞い上がるのは、桜の花びらではなく白い砂。
「……あら……?」
桜並木の下を歩いていたはずの
天満 七星は、おっとりと周囲を見回す。
頬に涼やかな水が触れている。頬だけでなく、指先や肩にも穏やかな波に似た水の流れが感じられる。
ふと吐き出した息が銀色の泡になって、七星は亜麻色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。どうやらここは水中であるらしい。
(それにしては、)
息が出来る。地上にあるように歩くことが出来ている。手にした和傘だって差せている。
足元には砂に半ば隠れた石畳があった。視線で辿った路の先には、碧い世界の中に静かに佇む白い石の町。町を彩っているのは、珊瑚でも魚たちでもなく、
(さくら……?)
町の通りに家々の屋根に、所かまわず根を下ろした桜の樹が、碧い世界に光を灯すが如く薄紅の花を満開に咲かせている。
ふわりひらりと舞う花は、まるで静かな雪のよう。
「あら……」
小さく首を傾げて、けれど然程動じることなく七星は足元の白砂を舞い上げ歩き出す。進んで行けば、何かしら見つけられるかもしれない。誰かに会えるかもしれない。それにきっと、この現象に害はない。
(そんなに怖くないですもの)
それが何よりの証拠。
水の底にのんびりと歩を進めながら、七星は淑やかに微笑んだ。
蒼い月影に白く淡く桜が浮かび上がっている。春陽の色の薄れた冷たい風にさらわれた花びらが月にはらはらと待っている。
夜空を写し取って静かに揺れる三夜湖の水面に月の光が白銀の道を作り出せば、それは遠い遠い昔、神隠しに消えたとされる幻の城が現れる秘密の合図。
(まぼろしの、八夜城──)
いつか古い本に読んだような、誰かから噂として聞いたような伝説の城を探して夜の三夜湖を訪れたわけではなかった。──少なくとも、
真辺 伸幸にとっては。
ただただ湖に映る桜を見たくて寝子島ロープウェイに乗り、桜に彩られた九夜山の山道を歩き、辿り着いた三夜湖の央に彼が見たのは蒼い水面に浮かび上がる、かつて『眠り猫城』と称えられた白壁も美しい城、──ではなく。
「ねこ……?」
湖の央に香箱を組んで眠る、城ほどもある巨大な白猫。
その猫の身体のあちこちからふわふわと生まれ出ては周囲に漂う白いナニカ。
「そこな寝子島の方、どうかお助けを!」
白猫の小島から漕ぎだして来た小舟の船頭が必死の声をあげる。
「何処かより出でしあの化け猫めが我らが城に取り憑いて奇妙なふわふわを生み出し続けて難儀しております、どうかどうか、お手をお貸しくだされ! あと、できれば! できれば天守閣に籠ってしまわれた姫さまをお助けくだされ! 中からなんかニャーて声が聞こえて難渋しております!」
「ふわふわ、……うん、ふわふわだねぇ……」
月夜に踊る子猫たちに見えなくもない謎の『ふわふわ』たちを眺めやり、伸幸は眠たげな瞳を瞬かせて思案する。あの『ふわふわ』と『化け猫』をどうにかすれば、お城のひとたちは噂話に聞いたように眠り猫城で花見の宴を始めるのだろうか──
こんにちは。お花見の時期がやってきました!
去年のお花見(四年前!)に引き続き、今年もみなさまのお花見を描かせていただくこととなりました、阿瀬春です。みなさまのお花見を今年も拝見できること、とても嬉しく思っております。
ガイドには、日月 透さん、望月 神無さん、結城 日和さん、天満 七星さん、真辺 信幸さんにご登場いただきました。ありがとうございます!
もしもご参加いただけますときは、ガイドに関わらず、どうぞご自由にアクションをお書きください。
ということで、お花見です!
基本的には、桜が満開の寝子島でのみなさまの日曜日を描かせていただくフリーシナリオとなっております。
いくつかお花見スポットやイベントもご用意いたしました。よろしければご利用ください。
【A】自由にお花見
【B】お花見電車
【C】水中花見
【D】三夜湖の千年桜
上記の選択肢からひとつかふたつお選びいただきまして、【キャラクターの行動・手段】の欄に【A】~【D】の記号をお書き添えください。
【A】自宅や公園・神社など、桜咲く場所で自由にお花見
寝子島の桜咲く場所であれば、ひとりでお花見もふたりでお花見もみんなでお花見もご自由にどうぞ! 見慣れた場所であっても、桜が満開になればいつもと違う雰囲気になるはずです。
桜の花に溢れる日曜日のいちにちをご自由にお過ごしください。
【B】お花見電車
桜が満開な三月末の日曜日のただ一日だけ、ねこでん特別企画である『お花見電車』が朝・昼・夕の三本、寝子島を走ります。
いつもよりゆっくり走る電車内は、各車両お花見用として特別な内装が設えられています。(宴会用の大テーブルにお酒やおつまみがたくさん盛られている、外側に向いた椅子が備えつけられている、個室が設けられている、等々。常識の範囲内でご自由に設定してくださいまして構いません)
窓からは沿線に咲く満開の桜が眺められます。時には桜のトンネルを潜り抜けたり、花吹雪の中を走り抜けたりも。
寝子島駅~星ヶ丘駅までの短い旅が終わったあとは、寝子島街道に沿って並ぶ屋台を楽しみながらのお花見散歩もできます。
【C】水中花見
ふと気が付くとあなたは水の中にいました。
あおい世界の中、どうしてだか息もできます。透明な水底を歩くことも、水をかいて泳ぐこともできます。
水面を目指すか、帰りたいと願うことで寝子島に戻ることが可能です。
目の前には白い石で出来た遺跡のような町。家々の屋根や道を埋めるようにして、たくさんの薄紅の桜が満開に咲いています。
どうやら例によって神魂の影響で、寝子島近海に海中に咲く桜に彩られた小さな町が出現しているようです。住人は居らず、危険はなさそうですが、魚がたくさん泳いでいます。
桜と水と石に彩られた広場や舞台があります。
水中桜の町の景色を作り出した神魂のためか、望めば大抵の物(楽器や道具、アクセサリーや衣装等)は手に入るようですが、寝子島に戻ると消えてしまいます。
不思議な景色を楽しみながらのお花見(?)はいかがでしょうか。
【D】三夜湖の千年桜
去年、三夜湖の真ん中に現れた『幻の八夜城』(※)が今年も出現したようです。
ただ、今年は少し様子が違うようです。
『眠り猫城』とも称された白壁が美しいお城とその城を支えるようにして生えた巨大な桜の老木があった場所には、今は何故か城の大きさもある巨大な白猫が丸くなって眠っています。
城の住人たちに『猫又さま』と呼ばれる巨大白猫からは、白くてふわふわで毛玉のような『子猫』たちが次々と生み出されています。ふわふわ漂ったりそこら中を駆け回ったりする彼らを一匹ずつ捕まえてひとしきりもふもふナデナデすれば『子猫』たちは桜の花びらとなって消えてくれるようですが……。
元々は例年通りに寝子島の人々と宴会をするはずだったらしい城の廓では、城に住む人々の準備した酒や肴がたくさん並んでいます。騒動が収まれば、去年のように宴をすることも出来るはずです。
また、去年、お城の住人から『金色の桜の花びら』を受け取ったPCさんは、三夜湖まで行かずとも、「花びらぴかーんて光って気が付いたらお城の前に立っていたー!」な状況も可能です。
(※)珍本・奇書を発行していることで知られる『寝子島書房』発行の『幻の八夜城』に記載されている、三夜湖に昔あったとされるお城です。
本を読んでいなくとも、寝子島に伝わる伝説のひとつとして知っていたり、誰かから聞いたことがあったりするかもしれません。
『幻の八夜城』についてはこちらからどうぞ。(もちろん読まなくても全然オッケーです)
NPC等について
・このシナリオでは、他のマスターが担当していない登録NPCやXキャラ、阿瀬が担当している登録・未登録NPCであれば、登場が可能です。
・登録NPCに対するアクションが重なってしまった場合は、時間をずらして遊ぶ等の対応を取らせていただきます。そのため、『前日に約束した』等のアクションは無効になってしまう可能性があります。ご了承ください。
・Xキャラクターをご希望の場合は、口調やPCさんとの関係性などのキャラクター設定をアクションに書き込んでください。
Xキャラ図鑑に書き込まれている内容は、URLを書いて頂けましたら参照させていただきます。
それではっ、みなさまのお越しを心待ちにしておりますー!