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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
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【お花見】花の盛りの寝子島で
花見の時期になると飲酒による事故や急性中毒が格段に増える。
よく晴れた週末ともなれば、特に。
──もう嫌……
酩酊して暴れる患者に罵られ、挙句吐瀉物の処理に駆り出された新人看護師が早々に吐いていた弱音をふと思い出し、夜勤担当者に申し送りをしながら志鷹 佑都は小さな苦笑を漏らした。お疲れさま、と似たような笑みを返す同僚も、花見の時期の騒乱をよく知っているのだろう。
救急病棟に勤める者にとって、華やかな花見とはほとんど無縁のままに春は過ぎる。
さらさらと夕風に踊る窓の向こうの桜の声を耳にしながら思い出すのは、いつか、彼女と見上げた故郷の桜の薄紅。今はもうこの世界にいない彼女の笑顔は、あの春の日が夢のように遠くなっても瞼の裏に焼き付いて離れていない。
更衣室で白衣とドクタースクラブから着替える。ロッカーの小さな鏡に映りこんだ己の顔はひどく疲れている。彼女と過ごした頃よりも随分と大人びて、髪も伸びた。
桜の下で微笑む彼女だけが、いつまでも変わらずにいる。
春物のコートを羽織り、職員用の出入り口から外へ出れば、眩しい夕陽が目に沁みた。
(──一年)
去年の花見は病院の中庭の桜を束の間見上げただけだった。あのときも、彼女を想った。
あれから、もう一年が経った。その間に、
(海に棲む少年と出逢った)
親友に子供が生まれた。
姉に恋人がいることを知った。
そのどれもが、冷えた胸をふわりと温めてくれる嬉しい出来事で、けれどその一年の間、己はただひたすらに仕事に打ち込んでいた。
出てきたばかりの病棟に戻らなくてはならないような焦燥感に駆られ、戻ったところで同僚に帰れと追い返されることが目に見えていて、佑都は夕暮れの中に立ち尽くした。
頬に触れる冷たい風に小さな息を零す。鞄の中から携帯電話を取り出し、とある番号にかけようとして、
──佑都！
しばらく会っていない少年の声がふと、耳朶に蘇った。携帯電話は鞄に仕舞う。
(……俺が行かなくても)
そう思いはする。
(でも、)
また会いに行くと約束をした。交わした約束を、破りたくはなかった。
(……ユニ)
少年の名を胸に呼んだ、次の瞬間。茜に滲んでいた空気が、一面の碧へとすり替わった。
目前に、白い石の町があった。水底の町を彩る満開の桜があった。
そうして、
「佑都だ！」
水の中を一直線に泳いでくる、蒼い髪の少年の姿。
「久しぶり」
「うん、久しぶりだ！ 見て佑都、桜！ たぶん今日だけの桜だ、すごい！」
「今日はたくさんお客さんが来たんじゃない？」
「来た！ 佑都も来てくれた！」
躊躇いなく手を繋いでくるユニに笑みを向け、碧い水底に静かに広がる石の町へと歩調を合わせて歩き始める。細い路地にも広場にも、石畳のどこにもかしこにもに桜の黒い木の根が這り巡り、頭上には薄紅の桜の梢が覆い尽くしている。
ユニに導かれるまま石畳の路を歩き、行き付いたのは小さな中庭にも似た空き地。真ん中に伸びて空を覆う桜の大木の根元にふたりで座り、桜を仰ぐ。
「……じいちゃんにも、見せたかった」
ぽつり、ユニが呟いた。佑都は小さな掌をぎゅっと握り締める。
「……俺にも、大切な人がいたんだ」
細い指が寂しさを共有しようとするかのように握り返してきて、佑都は小さな笑みを返した。
(前へ進めというメッセージか、愛想をつかされたのか)
最近は、夢で逢うこともない。
無理もない、と佑都は自嘲する。
長時間の労働に加えて面倒な人間関係、その只中で自ずと心は濁ってゆく。恋人でもない女とも関係を持った。彼女が愛してくれたあの頃の自分は、
(もう、いない)
強く瞼を閉ざして、──鈴の音を聞いた。
眼を開く。同じ音を聞いたらしいユニが首を傾げるのに、鞄から携帯電話を取り出して見せる。ちりん、と鳴るのは、携帯電話につけたストラップの鈴の音。ストラップのねこのあみぐるみと、四葉のクローバーの飾りにちょっと触れ、ユニはなんだか楽しそうに笑った。
ちりんちりん、と慰撫するように鳴る音に合わせ、佑都は沈丁花の香を感じた。冬の終わりを告げる花の香。彼女が昇った春の初めの空に満ちていた香。
彼女の存在を感じさせてくれるその香に、振り返る。
桜の大樹を挟んで、佑都は彼女の姿を──今の己の全てを受け入れるように優しく微笑む彼女を、確かに見た。
茫然とした後、顔を覆う佑都の腕にユニが触れる。指に触れ、頬に触れてくる少年の細く優しい指を、佑都はそっと両手で包み込んだ。
「そろそろ帰るよ」
明日も仕事なんだ、とユニの頭を撫でる。こくりと頷き、ユニは笑った。
「おやすみ、佑都」
「おやすみ、ユニ君」
よく晴れた週末ともなれば、特に。
──もう嫌……
酩酊して暴れる患者に罵られ、挙句吐瀉物の処理に駆り出された新人看護師が早々に吐いていた弱音をふと思い出し、夜勤担当者に申し送りをしながら志鷹 佑都は小さな苦笑を漏らした。お疲れさま、と似たような笑みを返す同僚も、花見の時期の騒乱をよく知っているのだろう。
救急病棟に勤める者にとって、華やかな花見とはほとんど無縁のままに春は過ぎる。
さらさらと夕風に踊る窓の向こうの桜の声を耳にしながら思い出すのは、いつか、彼女と見上げた故郷の桜の薄紅。今はもうこの世界にいない彼女の笑顔は、あの春の日が夢のように遠くなっても瞼の裏に焼き付いて離れていない。
更衣室で白衣とドクタースクラブから着替える。ロッカーの小さな鏡に映りこんだ己の顔はひどく疲れている。彼女と過ごした頃よりも随分と大人びて、髪も伸びた。
桜の下で微笑む彼女だけが、いつまでも変わらずにいる。
春物のコートを羽織り、職員用の出入り口から外へ出れば、眩しい夕陽が目に沁みた。
(──一年)
去年の花見は病院の中庭の桜を束の間見上げただけだった。あのときも、彼女を想った。
あれから、もう一年が経った。その間に、
(海に棲む少年と出逢った)
親友に子供が生まれた。
姉に恋人がいることを知った。
そのどれもが、冷えた胸をふわりと温めてくれる嬉しい出来事で、けれどその一年の間、己はただひたすらに仕事に打ち込んでいた。
出てきたばかりの病棟に戻らなくてはならないような焦燥感に駆られ、戻ったところで同僚に帰れと追い返されることが目に見えていて、佑都は夕暮れの中に立ち尽くした。
頬に触れる冷たい風に小さな息を零す。鞄の中から携帯電話を取り出し、とある番号にかけようとして、
──佑都！
しばらく会っていない少年の声がふと、耳朶に蘇った。携帯電話は鞄に仕舞う。
(……俺が行かなくても)
そう思いはする。
(でも、)
また会いに行くと約束をした。交わした約束を、破りたくはなかった。
(……ユニ)
少年の名を胸に呼んだ、次の瞬間。茜に滲んでいた空気が、一面の碧へとすり替わった。
目前に、白い石の町があった。水底の町を彩る満開の桜があった。
そうして、
「佑都だ！」
水の中を一直線に泳いでくる、蒼い髪の少年の姿。
「久しぶり」
「うん、久しぶりだ！ 見て佑都、桜！ たぶん今日だけの桜だ、すごい！」
「今日はたくさんお客さんが来たんじゃない？」
「来た！ 佑都も来てくれた！」
躊躇いなく手を繋いでくるユニに笑みを向け、碧い水底に静かに広がる石の町へと歩調を合わせて歩き始める。細い路地にも広場にも、石畳のどこにもかしこにもに桜の黒い木の根が這り巡り、頭上には薄紅の桜の梢が覆い尽くしている。
ユニに導かれるまま石畳の路を歩き、行き付いたのは小さな中庭にも似た空き地。真ん中に伸びて空を覆う桜の大木の根元にふたりで座り、桜を仰ぐ。
「……じいちゃんにも、見せたかった」
ぽつり、ユニが呟いた。佑都は小さな掌をぎゅっと握り締める。
「……俺にも、大切な人がいたんだ」
細い指が寂しさを共有しようとするかのように握り返してきて、佑都は小さな笑みを返した。
(前へ進めというメッセージか、愛想をつかされたのか)
最近は、夢で逢うこともない。
無理もない、と佑都は自嘲する。
長時間の労働に加えて面倒な人間関係、その只中で自ずと心は濁ってゆく。恋人でもない女とも関係を持った。彼女が愛してくれたあの頃の自分は、
(もう、いない)
強く瞼を閉ざして、──鈴の音を聞いた。
眼を開く。同じ音を聞いたらしいユニが首を傾げるのに、鞄から携帯電話を取り出して見せる。ちりん、と鳴るのは、携帯電話につけたストラップの鈴の音。ストラップのねこのあみぐるみと、四葉のクローバーの飾りにちょっと触れ、ユニはなんだか楽しそうに笑った。
ちりんちりん、と慰撫するように鳴る音に合わせ、佑都は沈丁花の香を感じた。冬の終わりを告げる花の香。彼女が昇った春の初めの空に満ちていた香。
彼女の存在を感じさせてくれるその香に、振り返る。
桜の大樹を挟んで、佑都は彼女の姿を──今の己の全てを受け入れるように優しく微笑む彼女を、確かに見た。
茫然とした後、顔を覆う佑都の腕にユニが触れる。指に触れ、頬に触れてくる少年の細く優しい指を、佑都はそっと両手で包み込んだ。
「そろそろ帰るよ」
明日も仕事なんだ、とユニの頭を撫でる。こくりと頷き、ユニは笑った。
「おやすみ、佑都」
「おやすみ、ユニ君」
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2021年01月23日
- 参加申し込みの期限
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- 2021年01月30日 11時00分
- アクション投稿の期限
-
- 2021年01月30日 11時00分
