宝探しで走りまくり｜リアクション

宝探しで走りまくり

　五限目の休み時間に入っても島野夏帆は席から離れなかった。スカートのポケットから一枚の紙を取り出し、机の上に叩き付ける。笑みを抑えられないのか。片方の口の端が少し上がっていた。
「……武諭は放課後に勝負って考えてると思うけど」
　今回の競争相手を想像して夏帆は意地の悪い笑みを作った。
「考えが甘いわ。暗号を見た時点で勝負は始まっているのよ」
　夏帆は書き写した内容に目をやって、即座に答えを導き出した。
「一問目は簡単ね。Ｂの落神神社の灯篭の下で決まり！　自分の書いた字が下手過ぎて１３とＢの見分けがつかないわ。さすがだね、えっへん！」
　誇らしく胸を張る。教室の時計が残り少なくなった休み時間を告げた。夏帆は次の問題に取り掛かる。
「二問目はー、錆から金を取れだから青だね。天然の緑泥片岩みたいな青か、緑っぽい石の下を探せばいいよね！」
　夏帆は満面の笑顔で立ち上がり、両方の拳を固めてささやかに喜んだ。

　放課後を迎えた。内藤武諭は逸早く教室を飛び出し、正門に急いだ。
　乱れた銀髪を整える余裕はなかった。武論は正門に貼られた紙を睨み据えた。
「お宝の隠し場所か。汚い忍者の夏帆が食い付きそうな話だ」
　突然、武論は口元を引き締める。固めた拳を胸に宛がい、静かではあるが宣誓のように力強い言葉を口にした。
「お宝を先に見つける事で証明する。ナイトが忍者よりも優れていることを」
　今までの苦い思い出が頭を過るのか。表情は厳しさを増していった。
「過去より今が大切だ。最初の問題は１３に似ているもの……足して、よん？」
　自分で口にして全力で否定した。選択肢に数字はない。直感にも似た早さでＢと言い直した。
「最後は、サビ？　わびさびか？　侘び寂びを感じる灯篭……金を取れって日本語としてどうなんだ？」
「さすがはナイト様、素晴らしい答えですわ」
　正門から音もなく現れた夏帆は笑いを含んだ声を出し、瞬時に疾走へと移った。負けじと武論が追い掛ける。小さくなる背中に向けて声を掛けた。
「問題を解かないで、どこに行くつもりだ」
「放課後から勝負なんて、誰も言ってないわよ」
　撥ね付ける声に武論は悔しそうな顔で口を閉じた。薄笑いの横目で後方を窺っていた夏帆が追い打ちを掛ける。
「ナイト様、人の答えに便乗しないでよね」
「な、なにを言い出すのだ。一問目は自力で解いたぞ」
「疑わしいわね。ひょっとして武論は夏帆ちゃんのストーカーなのかしら？　最近は下着の盗難が多いとか耳にしたわね」
　通りは疎らであっても人の行き来がある。夏帆の言葉に、それとなく反応を示した。瞬く間に武論の頬に赤みが差す。
「ひ、人聞きの悪いことを言うな。俺にそんな下劣な趣味はない」
「ごめんなさい。もう、怒鳴らないで。お願いだから。これ以上、私を苦しませないで」
　夏帆は目元に指を当てた。傍目には涙を拭っているようにも見える。周囲の厳しい目が武論に集まった。
「け、剣の道は厳しいなー。毎日のランニングは辛いなー。気晴らしに海でも見て走るかー」
　棒読みの台詞は地味な言い訳なのか。涙目となった武論は海に繋がる道を曲がった。山を選んだ夏帆は赤い舌先を出して笑う。
「これで武論を大きく引き離せるわ」
　夏帆は表情を引き締めた。投げられた苦無のように最短のルートで山に突っ込んでいった。

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