宝探しで走りまくり｜リアクション

宝探しで走りまくり

　昼休みの屋上に篠崎響也が佇んでいた。左手にはヴァイオリン。右手には細長い弓を持ち、背筋を伸ばして構える。階下の生徒の声が微かに聞こえてきて、まるで演奏に期待を寄せる聴衆のさざめきのようであった。
　一音を確かめるように弓を引く。二度、三度と続けて激しさは増し、弦の上を左手の指が軽やかに踊る。小刻みに動く頭部に茶色い髪は小波となって青色のピアスを翻弄した。
　奏でる音に没頭しているのか。うっすらと目を閉じていた。
「今日はヴァイオリンの音がイマイチだ」
　見切りを付けたと言わんばかりに演奏を中断した。足元のケースにヴァイオリンと弓を収めて背負う。
　響也は海の方に目を向けて、少し考えるような顔付きになった。
「……朝に正門の前が騒がしかったな。宝探しがなんとかと言っていたか」
　思い付いたことを即座に実行に移す為なのか。響也は足早に屋上という舞台から降りた。
　誰に見咎められることもなく、響也は正門の前に立った。貼られていた一枚の紙に、ふーん、と気のない態度を見せた。
「気分転換に参加してみるか」
　取り出した携帯電話で文面を撮影。目立つのを嫌うかのように、ゆっくりと歩き始める。
「１３に似ているものか」
　携帯電話に収めた寝子島の地図を表示した。地図記号にも目を通し、関係ないな、と呟いた。
　緩やかに足が止まった。響也は校舎裏の山の中腹を眺めた。
「１３はアルファベットのＢに似ているな」
　行き先は決まった。足の運びには迷いがない。校庭を回り込むようにして緑の生い茂る山道に足を踏み入れた。

　生命力に満ちた濃密な緑は匂いにも反映されるのか。時折、響也は音を立てて空気を吸い込んだ。
「意外と歩きにくいな」
　緑が噴き出す山道は滑り易い。強風で折れたのか。枯れ枝は仕掛けられた罠のように、そこかしこに散乱していた。響也は足元に注意を払いながらも先を急いだ。
　道は右に大きく曲がって木々に浸食された本堂の一部が見えてきた。境内に相当する場所には出とねむるがいて、古びた灯篭の周囲に真剣な目を向けていた。
　そっと響也が近づくと、しゃがんでいた出が反応して振り返る。
「偶然の出会いとは思えませんねぇ。君も宝を狙っているのですか」
「どうだろうか。宝よりも気分転換が目的かな」
「出さんの生活費は確保されました！」
　出は握り拳を作って喜びを露わにした。別のところを中腰で探していたねむるは腰に両手を添えて大きく背を反らす。
「どこにも目印の石はないね。なんか、眠くなってきたよ」
「二問目の石のことか？」
　響也はねむるに話し掛けた。うん、と不意に眠りに落ちるかのように頷いた。
「二問目はサビの石の下だよな」
　響也は携帯電話で写した問題を画面に表示して言った。
「そうだよ。考え方として、まずはサビを漢字の錆に変換するよね。問題にある『金を取れ』は金偏を取り去ることを意味しているんじゃないかな」
「それで青い石か。俺の答えと一致だな。それなのに石が見つからないのか」
「灯篭も結構な数があるからね。伸び放題の雑草も手強いし、飛んで来る虫がなんとも邪魔で、ふぁああ」
　欠伸の合間に鼻先を掠めるように手を振った。響也もまた、集る虫を手で叩き落とした。
　意思の疎通を終えた三人は各々で灯篭の周囲を調べた。雑草を掻き分ける指が少し黒ずんできた。
「本当に見つからないな。この場所が正解ではないのか？」
　響也は携帯電話の問題を見ながら思索に耽る。
「……二十進法では１３はＤになる、か」
　自分の呟きに確信を得たのか。響也は制服に付いた埃を手で払うと、来た道に目を向けた。
「二人には悪いが、俺は別の場所を探してみる」
「出さんはここで粘ってみます」
「僕はいずるさんに付き合いますよ。かなり眠いですが」
「宝が見つかった時に、また会おう」
　二人と約束を交わし、響也は単独で山を下りていった。

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