今日も愛すべき『フツウ』の日。｜リアクション

今日も愛すべき『フツウ』の日。

（最近、放課後が待ち遠しいの……）
　ほの暗い階段を花風ももは降りていく。
（あの人にも会えるかしら？）
　そこは通称：猫鳴館地下帝国。
　開けた場所に出ると花風はにこりと微笑んだ。
「こんにちは。みんな早いのね」
　花風が微笑みかけた先には、その他大勢の帝国民たちが鼻歌を歌いながら、帝国領地拡大のために今日も奮闘していた。
　花風もその細腕で作業を手伝い、楽しくお喋りに興じる。
　彼女の表情は信頼に満ちていて、帝国民のだれもを大切な友人と思っていることが覗い知れる。
　ただ、ふいにほんの少しだけ寂しそうな顔をする。
（今日は皇帝は来てないのね……）
　その寂しさをまぎらわすように、花風は歌を歌う。
（誰かの前で歌うのは恥ずかしいけど、皆と遊びながらだと平気）
　そうしていると沈んでいた気持ちが、ふわふわとした柔らかいものに変わっていく。
「ももちゃん、歌上手だね～。元気出てきたよ！」
　温かい拍手を受けながら、花風は照れくさそうに首をかしげた。
（もっと沢山練習して、上手に歌える様になりたいな……）
　そうしたらもっとたくさんの人に聞いてもらえるようになるかもしれない。
　小さな夢。
　色んな人が、彼女の大好きなこの場所に、彼女の歌を聴きに来てくれる。
（僕は、それはとっても素敵だなって……）
　夢中になって歌っていると、カタリと新たな来客を報せる音がする。
（もしかして、）
　花風が頬を赤らめて音の方を見ると、そこには邪衣士がいた。
「あれ、士君。今日は地下帝国に来れたんだね」
　期待していた人物とは違ったが、意外な人物の到来に花風は目を丸くする。
　というのも、邪衣は極度の方向音痴。
　目的地に問題なくたどり着くことはまずない。　
「あれ？」
　ところがたどり着いた本人が顔にハテナを浮かべている。
「……ということはここに来るつもりじゃなかったのね」
　花風はやっぱりと苦笑した。
　それからハッとして携帯電話のディスプレイを見る。
　表示された時間は十七時十二分。
　花風は帝国民たちに頭を下げる。
「あ、ごめんね。もっと遊んでいたいけど、夜になる前にはお家へ帰らなくちゃ。
　お夕飯や明日のお弁当の買い物もしなくちゃいけないし……」
　くるりと邪衣に向き直り、笑いかけた。
「えっと、どこに向かうつもりだったのかわからないけど、途中まで一緒に行かない？」
　少しでも、目的地に近づけるかもしれないから。
　邪衣はありがたいというように承諾して、二人して地上に向かった。

「じゃあ、僕はここまでで」
　寝子高前で花風と別れた邪衣は雨の中一人、目的もなく歩く。
（今日は花金と言う奴だ。せっかくだから街をぶらぶらしようと思ったのだが……）
　さて、どこに行こうか。
　そのとき反対側の道から、細身の男が歩いてきた。檜山立樹だ。
「こんにちは」
　顔見知りというわけではなかったが、挨拶をしてくれたので返しておこう。
　反射的に邪衣は頭を下げた。
「こんにちは」
　そのまま男は通り過ぎていったが、ふと邪衣は思いつく。
（どうせ行くあてもないしついて行ってみようかな……）
　ただ帰宅するだけかもしれないし、そうしたらついていくだけ無駄だ。
　それどころかもしかしたら変な奴と思われるかもしれない。
（やっぱりやめておこう）
　見ず知らずの人間について行く必要なんてない。
　邪衣はまっすぐ歩きはじめた。