今日も愛すべき『フツウ』の日。｜リアクション

今日も愛すべき『フツウ』の日。

「おつかれ、ふたひー」
「え、あ、はい。おつかれさまで……じゃなくて……」
「どうしたのふたひ、なんか変だよ？」
「なんでもないで、じゃなくてないよ！」
　戌貝二一は友人にいぶかしまれながら別れを告げた。
　二一が急いで教室を出ようとすると居心地の悪い視線を感じて、振り返る。
「あ、おつかれ」　
　一人の男性と目が合い、二一は愛想笑いを浮かべて、その場をあとにした。
「ふー……」
　木天蓼大学を出ると、二一は大きく息を吐いた。
（やっぱりふたたんすごいですねー）
　二一はくすぐったそうに頬を染めた。
（さてと、お土産にケーキ買って、バイト前に様子見に帰りましょうかー）
　『二一』はまっすぐ自宅に向かった。

　昼のお客が落ち着き、休憩がてら自治会の資料を整理していた宇佐見満月が「ああそうだ」と声を上げた。
（浄書を頼んでいた自治会夏祭りの実施要項がいつできるか、修君にメールで確認しなきゃ）
　もうそろそろ授業も終わる頃だろう。
　携帯を開き、メールを打ち込む。
　五分と経たないうちに返事が来る。　
『帰りに寄らせてもらうつもりだ』
（有り難いねぇ。こりゃ給料はずまなきゃ！）
　ニッと宇佐見は笑い、ほかの資料を確認した。
（えっと、自治会回覧板を旧商店街に回して、あと猫鳴館にも写しを届けなきゃ）
　なぜ自治会のことを猫鳴館にも流すのか。
　邪衣士がキャベツを納めに来ているからだ。
　そのお礼として宇佐見は旧商店街の情報を流す。
（修君に持って行って貰えるようお願いするか）
　ぱぱっとメールを送信する。
「まいどーギター抱えた一心太助が配達におでましだぜー」
　ガラリとドアを開け、新井いたごが配達にやって来た。
　宇佐見は急いで奥から出ていき、挨拶をする。
「おお、ありがとうよ」
「エビとイカ、こんだけでよかったかい？」
「問題ないね」
　新井がぐるりと店内を見渡し、「お、一曲いっとこうか？」と誘う。
　宇佐見が返事をする前に新井はギターを奏ではじめてしまう。
（はじまっちまった……）
　唖然とする宇佐見だったが、お客もいないことだったので、ギターに耳を傾けることにする。
　新井の陽気な歌声。雨を忘れさせるような楽しい時間に、宇佐見はいつの間にか夢中になっていった。
「おー景気のいい歌だね」
「かっちけねぇ、かっちけねぇ」
　宇佐見は拍手とともに配達のお代を渡した。

「と、これで問題ないだろう」
　八神修は宇佐見に頼まれた資料を射撃部の部室で浄書し終え、チェックに入る。
　こういった事務作業は得意だと自負している八神。
　あっという間に書式を整え、誤字脱字もほとんどない。
　それから資料の中の住民名簿に書かれた名前を指でなぞる。
　甘祥子。
（おそらくこれが喜好の母親なのだろう）
　名前と住所を控えてから八神はコピー機のスタートボタンを押した。
　そのあいだに夏祭りに思いを馳せる。
（……夏祭りか、当日は俺も客として回ろうと思う）
　成功させるためにも準備をきちんとしなければ。
　八神は印刷を終えた資料をクリアファイルに入れて、カバンの中にしまった。