【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――｜リアクション

【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――

「次の出し物をご紹介します。在校生によるパペット劇になります。続けてアコーディオンの演奏をお楽しみください」
　司会役の遠海は弾けるような声で舞台袖に手を向けた。それを受けて長テーブルを抱えた恵御納夏朝が現れた。中央に置くと上からブラウンの布を被せて裏に細々とした小道具を隠す。台の上には紙で作った物を倒れた形で置いた。
　用意が終わると夏朝は遠海に目で合図を送る。
「パペット劇、ただいまから開演です」
　期待感から多くの拍手が送られた。
　夏朝は台の裏に身を潜める。右手に猫のパペットのハルくんを嵌めた。
　台の上に倒してあった絵を起こす。赤い三角屋根の家が描かれていた。
「赤い屋根の家には愛らしい一匹の猫、ハルくんが住んでいました。ある日、飼い主の家族が日帰り旅行をすることになりました。そこでハルくんはお留守番になりました。でも、窓の一つが開いていて、ハルくんは少しだけなら、という軽い気持ちで外に出ました」
　右手に嵌めたハルくんを台の上に出す。口を開けて空を眺めるように動かす。
「わー、外ってこんなに広いのにゃー。びっくりにゃー」
　ハルくんを小刻みに上下に動かしながら右横へ動かす。台の端までいくと家の絵と同時に素早く引っ込める。
　台に木の絵を次々と立てる。ハルくんは台の左端から再び姿を現した。左右を見ながら右にしょんぼりと歩く。
「ここ、どこなのにゃ～。迷ってしまったのにゃ～」
　夏朝は左手に犬のパペットを嵌めた。その状態で低い唸り声を出す。
　ハルくんの背筋がピンと伸びた。怯えたように震える。
「な、なにかいるにゃ～。で、出てくるのにゃ。ぜ、全然、怖くないのにゃ！」
「ワン、ワン！」
　右端から犬のパペットが飛び出した。ハルくんは跳び上がって逃げ出す。
「こ、怖くないにゃ！　かかってくるにゃ！」
「ワンワンワン！」
　強がるハルくんは犬よりも速くに逃げる。
「もっとがんばれよー！」
「猫パンチだ！」
　笑いを含んだ声援が飛び交う。遠近感を表現する為にハルくんと犬の指人形を使った。見事な切り替えに拍手が沸き起こる。
　その後、他の野良猫と出会い、仲間の手助けもあって無事に赤い家に戻ってくることができた。
　別れ際、ハルくんは出会った仲間に声を掛ける。
「みんな、あの家で一緒に暮らすにゃ！」
「俺達の家は、この広い世界にゃ。わくわくするような冒険がしたくなったら、また来いにゃ。ハルならいつでも歓迎するにゃ」
「わかったにゃ！　約束するにゃ！」
　指人形の五匹が寄り集まる。別れを惜しんで抱き合っているようだった。
「ハルくんは少し強くなって家に帰ってきました。そして、いつか仲間と旅立つ大きな冒険に胸を熱くするのでした」
　盛大な拍手の中、夏朝は立ち上がって両手を振った。
「次はアコーディオンの演奏になります。伴奏のクラシックギターは録音になりますが。えっと、自作の曲で『ハルくんの大冒険』です。聞いてください」
　拍手の間に夏朝はアコーディオンを胸に抱えた。肩に掛けたベルトの緩みはなく、鍵盤に置かれた右の指は滑らかに動いた。
　用意は整った。舞台袖で待機していた仲間に向けて頷く。クラシックギターの旋律が流れ、夏朝がアコーディオンの音を合わせる。
　笑みが零れた。舞台の広さを活かして歩き回る。膝を高く上げてマーチのようだった。
　勇ましくも美しい音色に生徒達の身体が左右に揺れる。食べる手が止まる者もいた。
　約十分の演奏が終わった。割れんばかりの拍手に包まれた夏朝は目を潤ませて、ありがとうー、と声を上げてパフォーマンスを終えた。