唐突な使命｜リアクション

唐突な使命

　あの不思議な入学式から数日後。
（なんかテオって猫がしゃべってたけど……特に変わらないよなあ）
　学校帰り、風雲児轟はあのときのことを思い出しながら歩いていた。
　自分の耳にもあの声が届いた以上、きっとその力を宿しているのだろう。
　と、考えながら道を歩く風雲児の耳に女性の甲高い悲鳴が飛び込んで来た。
　ただ事ではなさそうな声。ばっと振り向くと、地面にうずくまった女性、そして彼女の元から立ち去って行く男の姿が見えた。
「だ、大丈夫ですか！」
　慌てて駆け寄ろうとした風雲児に、女性は泣きそうな顔をして声を上げた。
「私は大丈夫！　それよりあの人！　ひったくり！」
「なんだって？！」
　走り去る男の姿を見ると、確かに小脇に女物の小ぶりなハンドバックを抱えている。
　俺の目の前で島の平和を脅かすとはいい度胸だな！　遠のいていくその後ろ姿に、風雲児はめらめらと言い様のない感覚が腹の底から湧き上がってくるのを感じた。
　何かが体の奥で目覚めたような、不思議な感覚。
　その衝動に突き動かされるまま、風雲児の体は走り出していた。
　ひったくりの男に向かって――ではなく、建物の間のちょっとした路地裏へと。
　人に見られてはいけないから、ということは無意識のうちに把握していた。そしてこれからどうすればいいのかも。
　自然と口から声が出る。
「戦衣着装！」
　その凛とした声が路地裏に響いた瞬間、彼の体をまばゆい光が包み込んだ。

　どうにか振り切ったか、とひったくり犯がバッグ片手に速度を緩めたときだった。
「逃げ切れるかと思ったか！　ひったくりめ！」
　路地裏から飛び出した人物が、目の前に立ちはだかった。
　それは、まばゆく輝く白いスーツに身を包んだ……ヒーローか何かか？　と思わずひったくりは眉を潜める。
　が、こんなところで捕まる訳にはいかない。
「うるせえ！　何の真似か知らんがどきやがれ！」
　体格の大きさには自信がある。体当たりで弾き飛ばそうと突進したが、ヒーローらしき男に近づいた瞬間、その白い衣装に包まれた拳が飛んでくるのが見えた。
（速っ……避け切れない！）
　その拳を目に捉えた次の瞬間には、彼の顔面に容赦ない一撃がめり込んだ。
「ストレイト・スマッシャー！」
　ヒーローが技名を高らかに叫ぶ声を聞いたのを最後に、ひったくり犯はばたりと意識を失った。

　元の姿に戻った風雲児は、ひったくり犯から取り返したバックを女性に手渡した。
「あ！　私のバック！　取り返してくれたんですね、本当にありがとうございます！」
　深々と頭を下げる女性に、風雲児は面映ゆさを感じつつ手を振ってみせる。
「いや、たまたまですよ……。怪我の方は大丈夫ですか？」
「はい、ちょっと擦りむいただけなので。あの、本当に、本当にありがとうございました」
　何度も頭を下げて去っていく女性を見送りながら、風雲児は先ほどの「力」について考える。
　自分はやはりもれいびだったのだ。それも、幼い頃から憧れ続けてきた「ヒーロー」に変身するという、何とも自分らしい力で。
（でもこれは……俺の力じゃない。あくまでも神様からの借り物だ）
　幼少かららっかみ伝説に触れてきた風雲児には、その力を単純に自分のものとして喜ぶことはできなかった。
　神様から借りた力を、自分のためだけに、あるいは自分の基準にすぎない善悪で判断して使うべきではない。
　その思考は、長年ヒーロー特撮を見て培ってきた彼の正義観もまた影響していた。
「でも……らっかみは寝子島の神様だ。それなら」
　寝子島を守るためだけに、俺はザ・ストレイトになろう。

　誓いはこの胸に
　纏うは、信念
　守るは、故郷！

　その信念を胸に、深く刻んだ。