【星幽塔】第三階層　黄金砂漠には砂行く船｜リアクション

【星幽塔】第三階層　黄金砂漠には砂行く船

　黒銀の翼が力強く風を打つ度、空が近くなる。遠く高くに在る艦橋がみるみるうちに近づいてくる。
　打ち寄せる風を跳ね返して強靭な翼が羽ばたく度、またがった背が動く。美しくも硬い黒銀鱗の下にあるしなやかな筋肉と骨格を思わせる動きに、獅子目悠月は榛の瞳を細めた。
「しっかり捕まっとれよ！」
　丸太ほどもある竜の頸を銀の脛当てを履いた脚で締め、手綱もなしに相棒である黒銀竜アルスを空へと翔けさせながら、服部剛はいっそ楽し気に吠える。
(三人乗りは何気に初めてやけど)
　顔色ひとつ変えず、相棒の頸にほんの一瞬優しく触れる。
(相棒なら行けるて信じとる！)
　剛の意思を感じたか、アルスが空に向けて一声高く、剛と同じように楽し気な声で吠えた。

「土の竜さんとこ行く前に、助け船ならぬ助け竜といこか！」
「あの船が動いているなら、操舵手が重要になる」
　中腰にアルスに跨る剛のすぐ後ろでアルスの背にほとんどしがみつく格好で思案するのは、白いローブに革鎧姿の鴻上彰尋。
「俺たちは艦橋へ向かいましょう」
　巨鳥の背に乗っていた元クラスメイトの勇敢な少女を思う。彼女であれば、苦境にあるだろう居住区の人々を助けることもきっと出来る。
　彼女が居住区に向かうのならば、自分たちは艦橋に向かおう。
(服部先輩も、悠月君も居る)
　堅牢な黒銀竜を相棒とし身の丈ほどもある黒銀のハルバードを振るう剛であれば、竜の尖兵も恐ろしくはない。
　弓と竪琴が一体になった武具・獅子心弓を背に負うた悠月も、歌うことで人々を護る障壁を張ることができる。
　己を挟む格好で黒銀竜の前後に座すふたりを意識しつつ、彰尋はぐっと拳を握り締めた。
(……俺も)
　星幽塔に居る間は、この身に癒しの光が宿っている。この力があれば、傷ついた人々を治療することが叶う。
　視界に捉えられる限りでも、艦橋の際に追い詰められた船員たちのほぼ全員がなにかしらの傷を負っている。星の力は使えば使うほど目減りする。誰かを癒せば別の誰かを癒す力が足りなくなる可能性が出てくる。それに、戦えば戦うほど、きっと怪我人も増える。
(大丈夫)
　胸に浮かんだ不安を打ち消す。
　星の力を回復するアイテム『星の滴』も忘れていない。傷を癒し痛みを和らげる薬草も鞄に入れてきている。己の力の続く限り、癒してみせる。
(役に、立つんだ)
　黒い瞳に力を籠め、近づく戦場を見据える。アルスの背から飛び移るのは少し骨が折れそうではあるけれど、それでもどうにかしなければ。
「あの魔物、前にも見たな」
　破れた窓から船内に飛び込む女子たちを注視しながら、悠月は低く呟いた。
　その禍々しい巨躯と濃紫の鰭から滲出する麻痺毒を覚えている。あの時、土の竜の肚に至る冒険の最中、敵を一網打尽にすべく囮となった己のもとに迫る竜の尖兵たちのおぞましい声を、鮫じみた腹が砂上を這う気配を覚えている。
(触れると不味いなら触れられない様に)
　榛の瞳に捉えるのは、竜の尖兵たちによって艦橋外の狭い柵の際にまで追い詰められた船員たちの姿。
「ほな、行こか！　艦橋奪還や！」
　アルスの背で、砂漠の太陽よりも猛々しく剛が笑った。
　黒銀の鱗を磨き抜かれた刃の如く陽の光に煌めかせ、黒銀の竜が『船』に迫る。

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