Sweetnessをさがして｜リアクション

Sweetnessをさがして

　檜扇舞華は『京都の恋と、水無月と』を観終えました。
　彼女は原作小説も読んでいます。ですので、映画はストーリーよりも、その原作再現度に注目していたのですが、そのおかげで驚かされたこともあります。
「なるほどー、こう締めくくりましたかー」
　結末が一部、原作から変更されていたのです。これはなかなかのサプライズでした。舞華としては原作のほうが断然好きですが、この結末も『あり』だとは思います。なにより、この終わりかたのほうが映像化するのに無理がない。
「ま、絶賛とは言わずとも、一定の評価はしたいですね」
　劇場を出ても舞華は回想します。
　俳優の演技は、悪くありませんでした。いわゆる芸能タレントも数人出ていて、チョイ役のお笑いタレントなんかにはかなり厳しいのもありましたが、中心人物数名はがんばっていたと思います。
ブーツで階段を降りながら、今夜のネコ動生放送でどう話すべきか考えます。
　――十点満点はつけませんよ私は。でも、まあ甘めにつけて七点はあげてもいいでしょう。
　ちなみに舞華の基準では、年間ベスト五入りする作品で八点です。九点は滅多につけず、十点満点はいまだにつけたことがありません。
　――ま、いずれにしても、『ゾンビーズ』も『京都の恋』も、値段相応には楽しめましたね。
　棒付きキャンディーをくわえて足取りも軽く、彼女はアウトレットに向かうのでした。
　新しいリボンでも見るとしましょうか。ブーツももう一足くらい、あってもいいと思います。バーゲンですからきっと、手頃なものが見つかることでしょう。
　魅力的な舞華ですけれど、ナンパ野郎はご用心。声はかけないほうがいいとアドバイスしておきます。なぜって舞華は、そんな連中は完膚なきまでディスり倒すほどの言葉の使い手なのですから。

「よーし！」
　佐藤英二が書店の後に、移動したのはステージでした。
　たった一人のステージ。観客も、自分だけ。
　ここはカラオケボックスです。駅前の雑居ビル五階にある格安店、値段が安いせいか壁はペラペラ、フリードリンクは水みたいに薄くて、エレベーターが故障気味なので必然的に階段で数階上がらなければならないという修行の場ですけれど、そのおかげかいつもガラッガラに空いているので、待ち時間オールウェイズゼロなのは高く評価したい、そんな店です。
　一人でカラオケ、略して『ヒトカラ』タイムに彼は繰り出していたのでした。
　狭い部屋でよかったのに、十二、三名は余裕で入りそうな大部屋に通されてしまったのはなにか因果があってのことでしょうか。びっくりするほどの大画面を独り占め、それでも料金は一人分、構うことなどありはしません。
「一人ってのは気をつかわなくていいよなあ！」
　気分が乗ってきたのでマイクを通して、盛大な独り言をかましてからスタートいたしましょう。
　英二は解放されていました。鎖から解き放たれていました。
　お馴染みのあの曲のイントロが流れ始めたら、もうつまらないことを気にする必要はないでしょう。
　没頭しましょう。エコーに満ちたカラオケの世界に！
　他人が歌っている間に入力、という行動がとれないため、常にリモコン操作しなければならないという忙しさこそあれ、ヒトカラには気兼ねというものはまったくありません。自由な地平線がそこには広がっているのです。
「とりあえず三曲連続入力だ！」
　ガンガン予約しましょう。あの歌も、その歌も、きらめくミラーボールの下に引っ張り出してしまいましょう。
　自分しか知らないようなマイナーな歌とか、熱くて燃えるアニソンとか、他の人がいたらドン引きされそうな歌を、自粛することなく遠慮仮借なく英二は歌い上げます。
　ぐっと拳握って声を出すのです。
「うおりゃー！」
　アニメの主題歌では、名台詞をきっちり歌い込むのはお約束！
　さらにそれがロボットアニメなら、必殺技名を叫ぶのもお約束！
　熱がこもりすぎたのか、採点機能を試してみたところ成績はあまりかんばしくありませんでしたが、そんなことは気にしません。お手本通りのソツのない歌い方より、多少外そうとも熱い熱い熱くて死にそうなド熱唱のほうが気持ちいいに決まっています。
　――楽しく歌えたら自分的にＯＫだし。正直、それが一番大事だしね！
　声がしばらく枯れてハスキーになるくらい、歌って歌って歌いまくって、次の一週間分のエネルギーをチャージして帰りましょう。
　熱く楽しく、英二にとって充実した一日は、こうして暮れていくのでした。

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