【クリスマス】あなたに会いたい、雪降る聖夜｜リアクション

【クリスマス】あなたに会いたい、雪降る聖夜

●観覧車～思い出を上書きさせて

　クリスマスイブの午後５時。
　三折部朝衣はおめかしをして旧市街の家を出る。
　仕事の時は着ないようなワンピースに銀のアクセサリを合わせて、いつもより淡いピンクのルージュを差す。
　寝子電で一駅、行き先はシーサイドタウン。
　そこで今年の夏に出会った恋人──住沢遥人と待ち合わせなのだ。
　うきうきとしたカップルで込み合う電車の入り口近くでスタンションポールに寄り掛かり、携帯を開いてもう一度だけ待ち合わせ時間を確認する。このままなら充分間に合う。
（それにしても……）
　朝衣は、混み合う車内を見ながらここ最近の日々に想いを馳せる。
　高卒で寝子島町役場勤務の公務員になって２年目だが、やはり年末、忙しかった。
　じつのところ、年末だということを差し引いても忙しかった。
　そうでなくてもリッカルド町長に気に入られたのか、色々なイベントの責任者にされてしまったりということが今年は何度かあったので、社会人２年目としては緊張もするし期待にも応えたいしで、だいぶ仕事を抱え込んだような気がする。
　そんな中でも、先日春のような暖かい日に、たまたま二人の休みが重なったので今年最後のサーフィンを満喫し、その後彼のアパートへ寄り……結局、翌朝は彼氏の家から出勤と相成った。
　調理師でもある彼があの日作ってくれたオムレツを思い出せば、頬の緩むのも致し方あるまい。
　電車はかたことシーサイドタウン駅に滑り込む。
　人波に乗って駅を出て、待ち合わせ場所の駅前で遥人と落ち合う。

「待った？」
　
　いいや、と彼は首を振る。
　２週間ぶりの再会はやはりうれしい。
「ね、腕を組んでもいい？」
　訊ねれば彼氏は、どうぞお嬢様とばかりに、紳士に腕を差し出す。
　朝衣は彼の腕に自らの腕を絡め、シーサイドタウンの街をそぞろ歩く。
　見上げれば空から雪と光。
　行く手には大観覧車が七色に明るく輝きながら聳えている。
「ねえ、定番と言えば定番だけど、あれに乗らない？」
　いいよ、と彼は言った。
　どんな定番も二人では『初』だ。
　シーサイドアウトレットの大観覧車は混雑していて、ふたりの番が回ってきたときにはすっかり日が暮れていた。その分、街のイルミネーションが美しくて、朝衣は思わずため息をつく。
「……すごい。感動する……」
　観覧車ははじめて？　と差し向かいに座った遥人が顔を覗き込むように訊ねてきた。
「友達とは何度か乗ったことあるけど、……」
　中学から高校時代に付き合っていた元カレとは乗らなかった。
　ふいにそんなことを思い出す。
　サーフィン部で知り合ったひとつ年上の彼だった。
　若かったと言えばそれまでかもしれないが、その彼との恋は息長くとはいかなかった。
　破局が確定的になった夏の日。
　海に行く気にはなれず、灼熱のアスファルトの上を延々と歩き、なぜか大観覧車に向かっていた。
　ゴンドラに一人で乗って、一人になったことを思い知って……号泣した。
　あの後どうやって家に帰ったのかも覚えていない。
「朝衣？」
　名を呼ばれ、ハッと我に返る。
　言葉を切ったきり口を噤んで物思いに耽っていた朝衣の瞳を不思議そうに覗き込む遥人。
　そうだ、今目の前にいるのは彼。
　悲しい記憶は過去のもの。
　これからは遥人の思い出で上書きしてゆけばいい。
　朝衣は赤面して「なんでもないよ」と返事し、突然、彼に抱き着くようにしてキスをした。
　ゴンドラが揺れた。
　彼を求める気持ちに寄り添うようにぐらりと激しく。
「どうしたの突然……」
「いきなりでごめんなさい……でも……こうしたいの……」
　唇を離した朝衣は戸惑う彼を掻き抱き、その胸に頬を埋めた。
　彼は優しく自分の髪を漉いてくれた。
　その手の優しさに、瞳の奥がつんとする。
　彼は何も聞かなかった。
　何も聞かずにただ、朝衣の髪を撫で続けてくれた。
　観覧車の回るあいだ、ずっと……。