【クリスマス】あなたに会いたい、雪降る聖夜｜リアクション

【クリスマス】あなたに会いたい、雪降る聖夜

●星幽塔～繭

「……っ」
　久しぶりに悪夢の予感がして弥逢遊琳は瞼を開けた。
　一瞬、どこにいるのか見失った。
　そう、この天井……星ヶ丘寮の東エリアにある自室だ。
　寝床から起き上がり窓の外を見る。
　眠るのが怖いと思ったのはいつ振りだろう。
　深々と雪が降っている。帰省している者もいるためか寮のあたりは静かだった。
　今夜は聖夜。
　琥珀色の瞳が揺れる。
　遊琳はこの日帰省することは選ばなかった。
（きっと世間は友達や家族、恋人と過ごす人が多いの……かな）
　分からないのだけれど。
（特別な夜だから）
　今日という日に、呼ぼうと思えば友に過ごそうと呼べた人の名は、あった気がする。
　合鍵をくれた、飄々とした後輩。
　いつもなら避難シェルター代わりに、家主が居るかを問わず眠らせてもらうあのマンションの一室。
（……何となく今夜も居ない気はする）
　ともに過ごしたいと言うのは憚られた。重荷と思われるのは心外だし、そんな関係ではない気がする。彼にとって特別な夜に過ごす人は自分じゃないだろう……彼の人の想いも行動もすべてを把握するなんて不可能で、だからこそ邪魔をしない様にしよう、と遠慮をしてしまう。
　あの名を求めて呼ぶことを、結局諦めてしまうなら――、
「呼べる名前が無いのと何にも変わらないね」
　自嘲というよりは落ち着いた溜息。
　もう眠る気分にはなれなくて、不意と家を出て向かった先はエノコロ岬……の先、星幽塔。

「ん、久しぶり、睡蓮」

　睡蓮とは、星幽塔では必ず手元に在ってくれる空飛ぶ箒の名だ。
　獣の尾にも似たやわらかく白い穂先を撫でて、騎士の光でそれに乗る。
　行先は星幽塔の最上階にあたる十三階層だ。
　ひとつ、以前からの心残りがあり、よい機会だと思ったためだ。
　第１３階層には四色の扉があり、扉の先にそれぞれ世界が広がっている。
「白の扉……今も開いているのかな」
　扉を押す。
　さして力を入れずとも扉は開き、遊琳はその先へと迎え入れられる。
　そこには以前と変わらず峻険な岩山に囲まれた広大な『星の湖』が広がっていた。
　湖面は薙いで波ひとつなく、滑らかに夜空を映しこんでいる。
　遊琳はさらさらと波の立つ湖畔に降り立つと、懐から掌に収まるほどの大きさの白く光る繭を取り出した。
　それは最終決戦ののち、白龍によって齎された贈り物だった。
『いちどだけ』
　老婆のような少女のような不思議な響きを持った龍の声が脳裏に蘇る。
　この光る繭は、ただ一度だけ持ち主である己の願いによって小さな白銀龍の姿となるのだという。
（頂いたけれど、僕にはきっと使う機会は無くて。けれど託せる人は……渡せば必ずその理由を問うし、僕はきっとそれを誤魔化せないから……）
　それならば白龍かあの湖に返したい、と願ってきたのだ。
（次に椿の花が落ちる頃僕が永い眠りを求めて俗世を出てゆく前に……）
　崩れやすい花弁をそっと湖面に浮かべるかのように、光る繭を手から離す。
　繭は見る間に輝き解け、小さな白銀龍の姿となって、湖面を走る帯となった。
　途端、湖面が小刻みに震える。
　湖の中央に姿を現したのは、白毛に覆われた巨大な龍。
　記憶そのまま、老婆とも少女ともつかぬ声が、まるで我が子の帰還を喜ぶかのような声音で語り掛けてくる。
『よくきたね。欲のないひと。あの子をつれてきてくれたお礼に、なにか願いをかなえるよ』
　問われて遊琳は寂し気に微笑む。
「……もし許されるのなら、あなたの声の下で一晩だけ微睡むことを許してほしいんだ」
『そのようなことでよいの？　お安い御用だよ。よく眠れるように歌ってあげよう』
　白龍はゆるりと咽喉を鳴らした。
　幾重にも響く声が穏やかに湖面に響きわたり遊琳の不安を忘れさせてくれる。
「ありがとう……おかげで今宵少し眠れそうだよ」
　琥珀色の瞳を閉じる。
　やがて睡蓮の花を思わせる優しい微睡が訪れた。