●マリンパラダイス～ゆるキャラクリスマスショー


　時間が来た時、ショープールの階段状のベンチ席は観客で埋め尽くされていた。
　大きな拍手に包まれて、サンマさんとマンボウくんがプールの奥にあるステージに登場した。
「メリィィィクリスマァァス☆　おお～満席じゃねえか！　あんたら、クリスマスにここに来るたぁツイてるな！　今日は楽しんでいけよ！！」
「ボクも頑張るよぉ～！　みんなぁ～ボクたちとゆるゆる緩んで行こう～！」
「おめぇさんは日ごろから緩みすぎなんだって」
「きゅう」
　サンマさんとマンボウくんの掛け合いから、お約束の気絶までが一連の流れ。
　イヤホンマイクをつけたエリオット・Ｅ・シートンがキャストとして登場し、二匹をなだめる。
「おやおや、マンボウくん大丈夫かい？　さあ立って。よいしょ、っと……。サンマさんも今日はお手柔らかによろしくね。――それではクリスマス限定の特別ショー、『寝子島ゆるキャラクリスマスショーin寝子島マリンパラダイス』開幕です！！」


　普段のショーでも見せているお馴染みのイルカのジャンプ演技に始まり、サンマさんやマンボウさんも参加してのアシカの輪投げや、ゆるキャラさんたちのゆるゆるダンスなどが繰り広げられる。
　基本的に台本通りではあるが、なにしろ急ごしらえなもので、なにもかもが計算通りともいかない。
　そんなとき失敗もアドリブで笑いに変えてくれるサンマさんやマンボウさんはさすがだ。
　エリオットが親しくお世話をしているトドの北斗はいつもと違う状況に戸惑ったのか、サンマさんに食らいつきに行く始末だったが、そこもなんとかアドリブでフォロー。
「そういや、サンマさん、魚臭いですね。……あ、北斗、それは餌じゃないですよ」
「何失礼なこと言ってんだよ！　俺なんか旨いに決まってんだろーが！」
「わぁ、トドさん、ボクは美味しくないよ～きゅう～」

「あはは！　マンボウくん、また気絶してら！」
「サンマさーん！　マンボウくーん！　がんばってー！　イルカさんもアシカさんも、トドさんも可愛いねぇ……わぁ、鼻の上でボールを回してる！　すごいすごいー！」
　ショーを見に来た白石 龍樹と曖浜 瑠樹も大興奮である。

「きゃ。水しぶきが……」
「大丈夫ですか、御巫さん」
　前方の席に座っていた御巫 時子と五十嵐 尚輝は、イルカがジャンプするたび水しぶきを浴びていた。
「ええ～とハンカチハンカチ……あ、」
　ポケットから引っ張り出してはみたけれどくしゃくしゃすぎるハンカチに気まずそうな尚輝に、時子が折り目正しく綺麗な自分のハンカチを渡す。
「尚輝先生、はいどうぞ」
「いやあ……面目ないです……」

　大興奮でショーを楽しむ野々 ののこは、佐藤 英二に質問する。
「ねえ英二くん。トドとアシカとオットセイって何が違うのー？」
「え……なんだろう。大きさ、かなあ？　一番大きいのがトドじゃない？」
「ふーん、じゃああの北斗くんってのはトド？　めちゃくちゃ大きいんだね～！」
　エリオットが投げる魚を次々丸のみしながら芸をする北斗くんが、ののこは気に入ったようである。　

　こうしてエリオットが企画したショーは大盛況のうちに幕を閉じた。

◇

「ああ、楽しかった」
　英二が言うと、隣に座るののこも「うんうん！」と頷いた。
　とても楽しそうに笑っていてくれて、本当に嬉しい。
（こんなふうに野々さんのニコニコ笑顔を見れたら、上々のクリスマスだな）
　もしかしたら、ひとりで来ても楽しかったのかもしれない。
　けれどやっぱりののこを誘ってよかった。
（野々さんも一緒なら特に……夜に見る魚たち。すごくレアで特別感があってワクワクしたな）
　何か美味しいものでもあればプレゼントしたいと思いながらショップまで来ると、ちょうどチンアナゴのパッケージに入った細長いマシュマロが売っているのを見つけた。
　しかも、クリスマス限定バージョンで、赤と緑のストライプのチンアナゴのイラストが描かれている。
（これ、野々さん喜びそうかも。気もつかわなそうだし）
　チンアナゴマシュマロ棒をののこの分と自分の分お揃いで買って、ベンチで休んでいたののこに渡す。
「野々さん、今日はつきあってくれてありがとう。改めてメリークリスマス♪」
「うっわ～！　ありがとう！　おもしろいね」
　この時のののこの喜びようったら。
　さっそく一緒にその場で食べれば柔らかく甘くて、また元気が出てきた。
「まだ見ていないところ、見に戻る？」
「行こう行こう！」
　うきうきワクワクの足取りで、二人の時間はもう少し続く。

◇

「ほーんと楽しかったねぇ。サンマさんとマンボウくんにも会えてよかったぁ」
「マジで和んだよな。……あ、もうすぐ親と約束した時間か。最後にショップ寄って行こうぜ！」
　瑠樹と龍樹の小学生男子コンビもショップに駆けこんでいく。
　瑠樹はお小遣いとして２～３千円程持って来ていた。
「貯めてたお金、少し持ってきたから小さい縫いぐるみなら１～２個買えるかも」
「お～でかいぬいぐるみあるな！　水族館の魚や動物型のお菓子もうまそう♪」
　もふもふより食い気なのか、龍樹はぬいぐるみコーナーを一瞥するとすぐに違うところへ向かってしまったが、持って来たお小遣いでお気に入りさんをゲットしたい瑠樹はここが吟味のしどころだ。
「うーん、うーん。手乗りでサンタさんなペンギンさん……可愛いねぇ……交換会にいいかもー！」
　とりあえずペンギンさんはお買い上げ。
　それから、今日を一緒に過ごしてくれた友へも何か贈りたい。
「白石君には何がいいだろう……イルカが好きって言ってたっけ」
　イルカイルカ……と探して見つけたのはイルカのキーホルダー。
　揺らすと中に入っているブルーの液体が動いて爽やかなところが龍樹に似合いそうな気がする。
「うん。これにしよう！」
　早速購入してプレゼントすると、龍樹は目を瞠って喜んでくれた。
「え、プレゼントくれんのか？　よし、オレも瑠樹にプレゼント買うぜ！　何がいい？」
　聞くやいなや、自分が貰ったイルカと揃いの、揺れる液体入りのペンギンキーホルダーを買い求める。
「白石君からもオレにプレゼント？　わぁ、可愛いペンギンのキーホルダーだぁ！」
　マシュマロみたいな頬っぺたを緩ませて、瑠樹ははにゃんと破顔した。
「嬉しいねぇ……ありがとうなぁー！」
「こっちこそ、ありがとな！」
　へへっと龍樹は鼻の下を擦る。
　一緒に過ごしてみてわかった。
（瑠樹は子供っぽいけど、なんか一緒にいると安心するんだよな）
　居心地がいいとはこういうことを言うのだろうか。
　瑠樹も同じ気持ちを抱いたのだろう。別れ際に大きく手を振って言った。
「水族館を巡るクリスマス、楽しかったよぉ！」
「おう、おもしろかったぜ！　また今度どっか行こうな！」
「うん。来年もまた、こんな風に楽しくクリスマスを過ごせますようにー！」

◇

「ショーも特別仕様で楽しかったですね。限定なのが残念です」
　時子と尚輝が出口のゲートから出てくる。
　時子の手には、お土産コーナーで買ったクリスマスの格好のペンギンさんのぬいぐるみが抱かれている。
　ペンギンパレードの時に話したペンギンにそっくりで一目惚れしてしまったのだ。
「もう遅いですからね。駅まで送りましょう」
　そう言って先に立って歩き出そうとする尚輝の袖を掴んで引き留める。
「あの……先生に渡したいものがあるんですが……」
　時子は鞄に忍ばせておいたプレゼントを差し出した。
「メリークリスマス、尚樹先生。ガラス製のマグカップです。なるべくビーカーの形に似てるものを選んでみました。学校でぜひ使って欲しいです」
　尚輝はちょっと驚いた様子だった。クリスマスと言えばプレゼントだなんて気が回らなかったのだろう。
「いつも貴女にばかり気を遣わせてしまいますね……ありがとうございます。嬉しいです。僕ときたら何も用意していなくて……」
「いいんです。あの、お礼に……笑って貰えませんか？」
「それだけでいいんですか？」
「はい……」
　尚輝がはにかむように笑う。
　プレゼントは笑顔でいい。それだけで時子は幸せになれるのだ。