悲しい銃弾｜リアクション

悲しい銃弾

　独り、花風冴来は薄暗い道をゆく。童話の世界から抜け出したような華やかさを纏って夜道を渡り歩いた。
　金色の長い髪に添えられた青い薔薇の髪飾りが微かに震える。暗がりを見つけては足を止めた。儚げな青い瞳で奥を探り、また別を当たる。
　何度目になるのか。冴来は足を止めた。
「誰かいるの？」
　右斜め前の路地に問い掛ける。ふふふ、と笑い声のあと、妖艶な横顔が現れた。黒いコートは魔女を思わせる。

「こんな時間に出歩くなんて、冴来ちゃんは悪い子ね。街で起きている事件に興味でもあるのかしら」
　常闇虚は鮮血色に染め上げた爪を唇に当てて笑う。
「ねこったーでいろんなことが書かれているけど、本当はどうなのかなって。出会えるかわからないし、会話にならないことも……でも、聞いてみたくて」
「興味よりも共感が強いのかもね。いいわ、私も一緒に探してあげる」
「虚さんが危ない目に遭うかもしれないよ？」
　やんわりと言葉で拒絶して、縋るような目を向ける。
「私も個人的に引かれるものがあるわ……ふふふ」
「それなら、一緒に」
「いきましょう」
　冴来が一方に歩き出す。虚は少し遅れて付いていく。可憐な後姿を目にして舌舐めずりをした。
　二人の足音が響く。建物の谷間を東に向かって歩く。
　遮るように影が飛び出した。黒いパーカーを着た小柄な人物で伸ばした右手には拳銃が握られていた。驚いた両目で冴来の全身を眺める。

　純白のドレスを着ていた。柔らかい曲線のフリルは気品の中に愛らしさを備えている。相手の遠慮のない視線に、こんばんは、と恥ずかしそうに口にした。
　お見合いのような状態に虚が声で割って入る。
「ごきげんよう、今日は良い夜ね。これくらい暗いとオイタをしたくなっちゃうのかしら」
「……思い出せ」
　銃口は虚に向けられた。
「待って」
　冴来は虚の前に立った。儚い笑みに相手の指はトリガーから離れた。
「悪気はないのよ。ただ、話がしたかった」
「どうして」
　黒いマスク越しに声を返す。
「私と、同じなのかなって。世の中が自分にとても冷たくて、時々だけど心が死にそうになる。そんな時の私は捨てられた人形と同じ。周りは無関心になって離れていったわ。そうさせたのはあなた達なのに」
　青い目に激しい感情が揺れる。下がっていた視線を上げて無理に微笑む。
「人形になっても怒りの感情だけは持っていて、誰かを傷つけたくなる。そんな時にエアガンの話を知って、少し嬉しかった」
「わかるんだね」
　相手の声はどこか明るい。心の中を表すかのように銃口が下がった。
「だから、止めたいと思ったわ」
「なんでだよ」
　一瞬で声が張り詰める。再び、トリガーに人差し指が掛かった。虚は見逃さず、相手に気付かれないように真横に動いた。
「治る傷はまだいいけど、撃った弾が目に当たって失明したら、どうする？　心にだって傷ができるわ。貴方も後悔して、一生を掛けても治らない心の傷になるかもしれないわ」
「そんな下手じゃない」
「世の中に『絶対』はないよ。だから貴方の周りも敵だけじゃない。自分から問題に向き合えば、どうにかなるものだわ」
　自身の言葉に励まされているのか。冴来の声が弾んで上向いた。
「人形だって言ったくせに」
「そうね。でも、そんな私に手を伸ばしてくれる人もいるわ」
　冴来は虚に目を向けた。その視線を受けて、あら、と嬉しそうに笑った。
「もう、いい」
　相手は焦れたように言った。銃口を向けたまま、後ずさりを始めた。
「白い服は嫌いじゃない」
　その一言で真横の路地に飛び込んだ。急速に遠くなる足音を耳にして二人は顔を見合わせた。
「冴来ちゃん、もちろん追い掛けるのよね」
「なんか、放って置けなくて」
「私は付き合うわよ」
　笑みを交わし、二人は路地へと入っていった。