悲しい銃弾｜リアクション

悲しい銃弾

　寝子島に夜が訪れた。繁華街は日中を再現するかのように明るく、陽気な人々で溢れ返った。
　スーツを着込んだ夜海霧楓は目抜き通りに背を向けた。眼鏡の奥の目を光らせて薄暗い脇道へと入り込む。ハンチング帽を目深に被って周囲の様子に注意を払う。それとなくスーツの内側に手を入れた。
「……他を当たるか」
　素早い移動を心掛ける。分かれ道では決まって寂しい道を選んだ。
　――小さい主のボディーガードとしては、些細な脅威も早々に排除したいところだ。
　後ろに結んだ髪が確認の度に背中で揺れる。
　細い路地に入った。中程までくると背後であからさまな音がした。
　楓は首筋を掻きながら振り返る。

「詰めが甘いと尾行にならないぜ」
　表情が僅かに動いた。相手は小柄で黒いパーカーと同色のマスクを装着。フードを被って挑戦的な目を向けてきた。
「思い出せ」
「何を？」
　銃口を向けられても楓の態度は変わらない。
　――エアガンか。
　一目で看破して相手の出方を窺う。悠然とした態度で胴体に弾を受けた。
　直後、全身が小刻みに震えた。その場で片膝を突いて歯を噛み締める。
「つまらない反応だね」
　相手は興味を失ったという風に走り去った。
　楓の震えがぴたりと止まった。長い息を吐いて立ち上がる。涼し気な顔で膝に付いた埃を手で払った。
「……思い出したぜ、この痛み」
　眼鏡の奥の目が獰猛な光を帯びる。
　――どんな事情があるにしても、この痛みの借りは返すぜ。
　もちろん、俺に同じ手は通用しない。思い出せの言葉が引き金なら、先読みで十分に躱せる。
　次の行動を起こす前に楓は見上げた。高い建物の連なりは広範囲に渡る。間隔は狭く、飛び移ることは容易に思えた。
「……悪くない選択だぜ」
　無駄のない歩行で楓は闇に紛れた。

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