風呂の日？｜リアクション

風呂の日？

　今日は日曜日。早朝の時間帯もあって寝子島駅の周辺に人の姿は少ない。
　故に二人の姿は目立つ。
「今日はありがとう。本当に助かったよ」
「僕の方こそ。ちょうど短期のバイトを探していたので」
　恵御納夏朝は笑顔で答えた。三十代くらいの男性は目を細めて用意した紙袋を手渡す。
「ここは任せた。私はシーサイドタウンを中心に配ることにするよ」
　にこやかな顔で男性は歩き出す。夏朝は一礼すると駅舎の前に移動した。
　足元に紙袋を置いて、一度、新鮮な空気を吸い込む。青々とした空が目に入った。浮かんだ雲の流れは早い。
「……風が冷たいね」
　猫帽子を深く被る。ふかふかの猫マフラーは隙間を作らないように巻き直した。
　軽く頷いて紙袋からチラシの束を取り出す。左手はコートのポケットに入れた。もぞもぞと動かして引き抜くと手にすっぽりと収まったハルくんが姿を現した。橙色の布で出来た猫のパペットである。
「今日も一緒にがんばろうね」
　ハルくんは大きく頷いてチラシの一枚を器用に咥える。夏朝は上出来とばかりに笑みを浮かべた。
　電車の走行音を耳にした。夏朝は改札に目を注ぎ、笑顔で待ち受ける。
　黒い革のコートを着た青年に目がいく。やや猫背で両手をポケットに入れていた。装着した白いヘッドフォンは大きく、曲に乗るようにゆっくりと頭を揺り動かす。
　夏朝は小走りで近づいた。
「寝子島の二十六日は風呂の日でーす！」
　意識して声を強めた。青年の目が動いた。夏朝はハルくんにチラシを咥えさせて透かさず相手の胸に向かって差し出す。
「どうも」
　青年は右手を出して受け取った。歩きながら文面を読み、へー、と間延びした声で参道商店街へと消えていった。
　夏朝は小さく拳を握って、よし、と喜びを露わにした。
　次々に現れる人々の間を笑顔で走り回る。徐々に口も滑らかになってきた。
「二十六日は風呂の日ですよー！　島内の温泉旅館や銭湯では、お得なキャンペーンを実施中でーす！　今日は記念日ではないけれど、先駆けて割引サービスを行っていまーす！　この機会に是非、ご利用くださーい！」
　青い空に夏朝の元気な声が響き渡る。

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