【ぼくらの願い】


「今日も猫部屋で……！」
「はーい、かしこまりました♪　ちょうど開いてますので、すぐにご案内できますわよー」
　嬉野 エマに連れられて、恵御納 夏朝はシネマカフェ名物となった猫部屋へ。
　前回は白猫のミラといっしょにアクション映画を鑑賞し、大いに楽しんだ夏朝。今回はレンズ・キャッツのおはぎと、その縫いぐるみを伴って、『超脱走』をじっくり鑑賞するつもりです。
「猫さんがいっぱい出てくるらしいから。楽しみ……」
「あら、恵御納さん？　んふふ、ごきげんよう」
　不意に聞こえた、あの含み笑い。振り返れば胡乱路 秘子が、にたりと笑みを浮かべておりました。
「胡乱路先輩……！」
「あら、お知り合いですの？」
　怪訝そうなエマの問いに、夏朝はこくり。
　知り合いも知り合い。奇妙な深夜番組の司会者を務めていた秘子。時に凄惨、時に愉快な番組に夏朝も翻弄されたり、驚かされたり……困難に立ち向かい、みんなを救おうとしたり。濃密な体験は今なお、深く胸に刻み込まれたままです。
　そして今ではフツウのひととして学生生活を満喫している秘子とは、時おりこうして日常の中で出会うこともありました。
「胡乱路先輩も、映画を見に来たの……？」
「ええ。アルバイトの帰りに、時おり立ち寄らせていただいているんです」
　そういえば彼女は、映画が好きだったかも。彼女が企画の立案も担当していたという例の深夜番組では、随所に映画のネタが散りばめられていたりしました。
　夏朝はふむ、と思案。どうやら秘子も来店したばかりで、映画鑑賞はこれからのようです。
「胡乱路先輩も、いっしょに……見る？」



　レンズ・キャッツのおはぎと秘子を会わせることについては、懸念がありました。
　なにしろ夏朝とおはぎとの出会いは紛れもなく、あの深夜番組のさなかであったのです。
　今、その司会者を退きフツウの日常を送っている彼女と、非日常から取り残されたレンズ・キャッツとの再びの邂逅が彼女へなにをもたらすのか。夏朝には予測もつきません。
　猫部屋へ入室し、はらはらしつつその再会を見守りますと。しゅぱん！　現れたレンズ猫のおはぎを見て、
「あら、猫ちゃん♪　んふふ、お久しぶりですね。お元気でしたか？」
　秘子はにんまり、なでなでくりくり。おはぎはふにゃあんと心地良さげに鳴きました。
　なんだかどうやら、取り越し苦労だったようです。
「恵御納さん。ありがとうございます」
「えっ……？」
　不意に秘子は、夏朝へぺこりと頭を下げました。
「わたくしが番組でご紹介した子らが、こうして今も幸せに暮らしているのを見ると、胸があたたかくなるんです。んふふ、いろいろとありましたけれど……やってよかった、と思えるんです」
「胡乱路先輩……」
　そっとおはぎを抱き上げ、愛おしそうにその背を撫でた彼女の穏やかな面持ちに、夏朝もなんだかじんわり、ほっこり。



　さて、『超脱走』です！
　いよいよ上映開始となりまして、夏朝はさっそく引き込まれてしまいました。なにしろ、
「わぁぁ……猫さんがいっぱいだ」
　登場人物、といいますか、画面に猫ねこにゃんこ。いずれも屈強な兵隊猫とはいえ、夏朝が見ればもふもふの愛らしい猫さんたちに変わりはありません。
「舞台は、捕虜収容所……ということは、この猫さんたちは捕虜なんだね」
「そうですね。捕虜となった猫ちゃんたちが、知略と不屈の闘志を武器に、収容所からの脱出を図る……というのが筋書きのようです」
「胡乱路先輩は、見たことあるの？」
「いいえ、わたくしも初めてですよ。んふふ」
　秘子とふたり、はらはらの脱獄劇を見守ります。
　緊張にかわいた喉をオレンジジュースで癒し、ポップコーンをぽりり。
　猫たちは連合軍の兵隊たちであり、やがて結託して協力体制を結び、地面にトンネルを掘り抜いての壮大な脱出計画を実行に移します。
　手管は時に大胆に、時に繊細に！
「猫さんたち……それぞれに役割があって、個性があって。見てて楽しいな……」
「そうですね。んふふ、わたくしは捕虜たちのリーダー、猫ちゃんの大佐が気になりますね」
「『脱走を図り敵軍を混乱させるのは、我々の義務である』……かっこいい」
　脱出にはもちろんトラブルがつきものです。作業を敵兵に見つかり、独房に入れられてしまったり。精神的に追い詰められてしまい、無謀な脱出を試みて射殺されてしまう者が出たり。猫たちが痛めつけられてしまうシーンなどは、夏朝は思わず目をつぶってしまいました。
　猫たちが掘り進めるトンネルが見つかってしまい、脱走計画が白紙に戻ってしまうこともありました。
　しかし彼らは、それでもあきらめません。見つかっても、殴られても蹴られても、すぐにも立ち上がり再び脱走を計画し始めるのです。
「がんばれ……がんばれ……！」
　いつしか夏朝はきゅっと手を握り込み、必死な猫たちを応援します。
　果たして、脱出は叶うのか……！？　手に汗握り、夏朝と秘子は彼らの活躍を見守りました。



「はー……圧倒されちゃったなぁ」
「まさか、あんな結末だとは。意外でしたね」
　悲しい顛末もありつつ、不撓不屈の精神で再び脱出へと挑む猫たちを見届けて、映画は終わりました。
　ふにゃん、ごろん。はたと見ると、おはぎはすっかりおねむです。すやすやすぴー……上映途中にあげた猫おやつは最近『クランク・イン』に追加された新メニューで、なかなか満足してくれたようです。
「楽しかった……胡乱路先輩、今日はありがとう」
「こちらこそ。またごいっしょさせてくださいね、んふふ♪」
　ほくほく笑顔の秘子を見送りながら、夏朝はふと思います。
（いつか……夏夜ちゃんとも、並んで映画を見られたらいいな。もちろん、猫部屋で……！）
　右に夏朝、左に夏夜。ふたりの間にはにゃんこのおはぎとぬいぐるみのおはぎももちろんいっしょ。
　いつかそんな日が来たら……幸せな光景を思い描き、夏朝はくすり、微笑みました。