＜零神探訪・後日談＞紅き街にて｜リアクション

＜零神探訪・後日談＞紅き街にて

●ユチェン

　破れた真っ赤な提灯の群れの中を、伏見真は真っ赤な弁柄傘を差して歩く。
　真が見つけたのはメイユの姿だった。
　新しい夢が見つかったというのに、少女はどこか儚げに世界を見つめている。
　話しかけようかどうしようか――そう逡巡していると、通りの反対側からブリジットと連れ立ったユチェンが歩いてくるのに気が付いた。
　真はユチェンの方に歩み寄った。
「な、ユチェンさん。ちょっと付き合ってくれへん？」
　ブリジットには目配せして向こうにメイユがいることを伝える。ブリジットは探偵だ。それだけで真が何を考えているのか朧気ながらも察し、訳知り顔な笑みを浮かべる。
「いってらっしゃいよユチェン。あっと、その前に」
　ハンカチでぐいとメイクを落としてやり、身だしなみを少年らしく整えてやる。
「これでよしっと。グッドラック！」
　真が手を絡めて、どこかへ導こうというように歩き出す。
　ユチェンは訳がわからなかった。
　ブリジットの笑顔の意味も、真の行動の意味も。
　真に言われた「意気地なし」という言葉が頭の中でリフレインする。
　居たたまれないような気まずい気持ちになり、真の横顔から視線を逸らす。
　真はユチェンと繋いだ手に力を込めた。
「なあ、何であん時あの子が泣いたんかユチェンさんにはもうわかる？」
　――『会いたくなかった。あんな珠、欲しくなかった。私はここで生きていくしかないの。なのに、ユチェン、あなたがくれたもののせいで、私……私……心が引き裂かれてしまいそう！　叶わぬ夢を見てしまいそう』
　ユチェンが良かれと思ってしたプレゼント。恋とすら呼べぬほどの淡い親しみの想いに、返ってきた言葉はあまりに辛辣で、少年は打ちのめされた。『あなたはまだ子どもだからわからない』そう突き付けられたからこそ、男として認められたい、彼女を守れる力が欲しいと、旅に出たのだ。
　真の問いかけは、そのことを思い出させてくれる。
「メイユさんは、ホンマにもう来て欲しなかったってそう思う？」
　ユチェンは真の問いかけを噛みしめ、ゆっくりと首を振った。
　あの時から少しだけ成長した今ならわかる。あの言葉がただの拒絶だったのではないと。ユチェンのことが嫌いだから言ったのではないと、もうわかっている。
「なら、な」
　真は絡めていた指を離した。
「男やったら泣かれても抱きしめて好きくらい言いや」
　真の視線の先に、メイユがいた。

　真は壁際に退き、ユチェンはメイユの方に駆け出した。
　メイユはユチェンに気付き、驚いたような顔をした。
　ユチェンの顔は真っ赤に茹で上がり、何事か意を決したようなやりとり。
　少女の表情が一言ごとに変わっていく。
　怒ったような顔。
　恥じらうような顔。
　感極まって涙が頬を濡らし、俯き、そして――
　ユチェンの胸に額を預ける。

（もう大丈夫やね）
　真はひとかたまりになった少年と少女を愛おしく見つめた。
　それからそっと手の甲に口づける。
　＜狐に嫁入り＞が発動し、やわらかい雨があたりを湿らせてゆく。
　ずっと見守ってきた自分から、お祝いの言葉の代わりに贈る雨。
　空に雲はないのに降る、夜の天気雨。
　弁柄傘を残していこう。
　ユチェンならきっと気付くだろう。
（狐の嫁入りは縁起がええっちゅう話やし、狭い傘やら屋根やらに二人入ったら恥ずかしかろうが、仲良ぉくっつけるやんなぁ？）
　真は失恋に似た切なさを抱えながら、その場をそっと後にした。

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