＜零神探訪・後日談＞紅き街にて｜リアクション

＜零神探訪・後日談＞紅き街にて

●二日目夕刻、街に出る

　朝鳥さゆるは硬いベッドの中で、瞼に当たる西日を感じ目を覚ました。
　寝子島から離れ気分転換をするつもりで参加したのだが、着いた早々気分が悪くなり、旅程のほとんどを宿で休む羽目になってしまった。いったいに何をしにきたのか、とばかばかしくなる。
　身を起こし、ベッドサイドのミネラルウォーターを飲み干す。
　もう気分は悪くない。
　このままベッドの中で異国の旅を終えるのも忍びなく、さゆるはのろのろとした動きで、適当な服――なぜか用意されていた緋色のチャイナドレス――に着替えて宿を出る。
　目の前はすぐ大通りで、西日に照らされた真っ赤な提灯の群れが網膜に突き刺さる。
　さゆるは、くらりとして首を振った。
　既に夕方だが、まるで行きずりの相手との情事の後の朝帰りみたいな気分になる。
　行き交う地元の若い男性たちがさゆるの美貌に振り返る。
　ここでも実年齢17歳の女子高生には決して見えない。
　傍目には、際どいスリットの入ったチャイナドレス姿のさゆるは、低血圧で甚だ目覚めの悪い朝を迎えた、２３、４歳くらいのいささかダウナー気味の美女である。類い稀な美貌を彩るのは気だるげな上に、起き抜けの機嫌の悪さ。こんな表情さえも彼女の美しさを際立たせるのは皮肉という他はない。
　若者たちは、声はかけ難いが目を離せない、と言ったように横目で意識しながら、さゆるの脇を通り過ぎる。
　さゆるは視線を気にする風もなくふらふらと歩き、近くの屋台の前で立ち止まった。
　中華まんがほっとするような匂いと湯気を漂わせている。

「お腹、空いたわ」

　意図せず言葉が漏れる。ほぼ丸二日飲み食いしていなかったのだから道理だろう。
　さゆるは屋台で中華まんを買って平らげると、続いて点心、麻婆豆腐と腹に収めていく。結構な量を食べて、それなりに胃は満たされるが、靄のかかったような気分はいささかも晴れない。それでも多少は働くようになった頭で、あたりを見渡す。
「あそこにいるのは……ユチェン？」

　さゆるの語尾が疑問形になったのは、ユチェンがなぜか女の子の装いをしていたからであった。
　一緒にいるのはブリジット・アーチャー。金髪で長身のブリジットと、凛々しい眉をした黒髪少女――ユチェン――の取り合わせは、さゆるとはまた違った意味で目を引いている。
　ふたりは歩きながら屋台で買った中華まんを頬張る。
「この肉まん、本当に美味ね！　アツアツでふかふかで肉汁がじゅわあっと溢れて来て、今まで食べた中でも一番かも。さすがガイドさんお勧めなだけあるわね！」
　話の内容から察するに、どうやらブリジットは観光ガイドとしてユチェンを街歩きに誘ったらしい。昨日に続き今日もなぎさに女装させられてしまっているが、ブリジット的には何の問題もない。
「ところで話は変わるのだけど、」
　とブリジットはおもむろに言った。
「彼女とはどうなのかしら？　その様子だとあんまり進展してないようだけど」
　ぶはっとユチェンは飲みかけのお茶を吹きだす。
「な、な、」
「何でそんなこと知ってるのかって？　それはもちろん――」

「探偵だからよ。探偵は何でも知ってるものだから」

「た、探偵ってそんなことまでわかるのか！？」
　おののくユチェンに、ブリジットが返したのは悪戯っぽいウィンク。
「いえ、実際のところ皆言ってるし、態度見ればわかるわよ」
「そ、そうなのか？」
　そこまでハッキリ態度に出ているんだろうか、とユチェンは落ち着きなく自分を見た。肩を見て、足を見て、そうだったまだ女装してるんだったとまた凹む。
「メイユ、本当はどう思ってるんだろう。前と変わりがなさ過ぎて、オレ……」
「まぁ、私からどうこうしろっていう話でもないけど、言葉にして言わないと伝わらないことってあるからね。
そういえば、燃えちゃったのよね、あの子のいた場所」
　ユチェンは頷き、劇場として生まれ変わろうとしている話をブリジットにした。
「そっちは前向きな話になっているのね。だったらなおのこと、力になってあげなさいよ。株上げるチャンスじゃない。人生一度きり、光陰矢の如し！　グズグズしてる暇なんてないってグランパも言ってたわ」
「ん……」
　ユチェンの躊躇を掻き消すように、大通りに銅鑼の音が鳴り響く。
「そういえば『火祭り』、だっけ？　はじまるみたいね。せっかくだから見ていきましょう」