＜零神探訪＞紅燈火街（レッドランタン・タウン）｜リアクション

＜零神探訪＞紅燈火街（レッドランタン・タウン）

●美玉

　崩れ落ちた提灯の中から、線の細い可愛らしい少女が現れ出でる。
　少女は目を閉じぐったりとしていて、ふらり、と前のめりに倒れ込む。
「メイユ！」
　ユチェンが駆け寄り、彼女の体を抱き止める。
「異変が……止まった」
　窓の外を見ていた亮がつぶやく。
　夜の街を動き回る赤い光点が一斉に消えた。街は文字通り、火が消えたように静かになった。
　武道は自分が弾き飛ばした塊を拾い上げる。
　それは、直径２センチほどの紅い珊瑚玉であった。
　武道はそれを梨香に見せた。＜魔法使いの目＞で検める。
「神魂の残り香のようなものが揺らいで見える。けど、力のほとんどは失ったみたい」
「これは一体……？」
　これが盗まれた零神像であるとはとても思えない。
「でも、これが異変の原因に違いないわ」
　梨香の言葉に、ユチェンが大きく目を瞠る。
「それが、原因……？」
　ユチェンは何か言葉を紡ごうとしたが、そのとき腕の中でメイユが身じろぎした。
「メ、メイユ！」
「……ユチェン……？」
　ゆっくりと開けた瞳からこぼれたのは、大粒の涙。
「もう、大丈夫だよ、メイユ」
　声をかけるがしかし、彼女の涙は、安堵のそれではなかった。
「どうして……どうして私の前に現れたの。どうしてあの珠を寄こしたの！」
「落ち着いて、君の名前みたいに美しい玉だったからだよ、美玉（メイユ）。君に、似合うと思って……」
　パアン！
　メイユの平手が、ユチェンの頬を打つ。
「……なかった……」
「え？」
「会いたくなかった。あんな珠、欲しくなかった。私はここで生きていくしかないの。なのに、ユチェン、あなたがくれたもののせいで、私……私……心が引き裂かれてしまいそう！　叶わぬ夢を見てしまいそう」
　涙がはとめどなく溢れ、少女の頬を濡らす。
　ユチェンは戸惑うばかりで問いかける。
「夢を見ちゃ、いけないの？」
「いけないのよ、ユチェン。あなたはまだ子どもだからわからないだろうけど。――さあ、もう行って」
　メイユはユチェンの腕の中から立ち上がる。
　ユチェンはメイユを引き留めることができなかった。
　ひと月前まで仲間だった少女が、一気に十も年を取って遠くなってしまったように思えた。
　メイユは、心配して戻ってきた年上の娼妓たちの輪の中に戻ってゆく。
　娼妓たちもメイユを囲んで泣いていた。
　美しい彼女たちは、紅火楼という提灯に囚われ、その世界の中で生きる住人なのだ。
　メイユは、夢に心引き裂かれることより現状維持と拒絶を選んだのである。