【お三夜】猫と鼠と人と悪魔、四つの世界が交わる夜｜リアクション

【お三夜】猫と鼠と人と悪魔、四つの世界が交わる夜

　楡宮遠海は清楚な洋服で露店を見て回る。通り掛かる人々に自然と目がいく。猫の仮装で尻尾は当たり前。全身に及ぶ者までいた。

「あれは、ちょっとね」
　遠海は歩きながら猫耳カチューシャの位置を正した。
　最初に鼻が反応した。『焼きそば』の文字に目を輝かせて人波を突っ切る。鉄板で野菜と麺を絡めていた青年がにこりと笑う。
「可愛い猫さん、特製ソースを試して欲しいな」
「猫っぽく、焼きそばを一つ欲しいですにゃーん」
「ありがとうございます」
　青年は両手のコテの動きを速めた。鉄板で踊る具材にソースが掛けられ、弾けるような音を立てる。遠海は深く息を吸い込み、切ない溜息を吐いた。
　鮮やかなコテさばきでトレイに焼きそばをふんわりと入れる。手早く紅ショウガを振り掛けた。
「お待たせしました」
　遠海は目を丸くしてブンブンと頭を左右に振った。支払いを済ませた直後、その場でトレイの蓋を開ける。待ちきれないとばかりに添えられた割り箸で焼きそばを啜り始めた。
　瞬時に顔が跳ね上がる。熱さで歪む表情は遅れてきた味に蕩けるような笑みに変わった。
「アツ、ウマ……これ、ソースが、アッツ！」
　痛みと旨味の波状攻撃を受けながら勢いよく食べ進める。目にした人々は立ち止まり、何人かは立ち寄って焼きそばを注文した。
　青年は笑顔でコテを振るう。
「可愛い猫さんのおかげで大繁盛だよ。ありがとう。それと猫らしく、熱いものは苦手みたいだね」
「設定とかじゃ無くて、アツ、本当に猫舌で、でも止まらなくて、アッツぅ、この美味しさのせい、なのにゃ～」
　艶やかな唇で平らげた。青年に笑顔で別れを告げ、数歩先のたこ焼き屋に飛び付いた。大玉を売りにしているだけに一個が大きい。大ぶりのタコが凄まじい吸引力を発揮した。
「アッツ、とろとろ、ウマ……タコが、アッツ！」
　似たような展開に苦しみながらも笑顔が浮かぶ。半開きの口からは白い湯気が立ち上る。
「猫の設定を、アツ、忘れそう……」
　食べ終わると次はチョコバナナを手にした。程よい冷たさを口にして表情は安らいだ。
「脂が、ウマ、でもアッツ！」
　焼き立てのフランクフルトで逆戻り。鶏の唐揚げも同じで熱さに苦しむ。よろよろした足取りで飲み物を手に入れた。冷たい紅茶を一気に喉に流し込む。
「ぷはーっ」
　立ち飲み屋のサラリーマンと見紛う。気を大きくしてずんずんと奥へと向かった。
「なんだろう？」
　店主はふっくらした鼠であった。背筋を伸ばし、円らな瞳で椅子の上に立っていた。手前の台には各種のチーズが切り分けられた状態で置かれている。
「ここは何屋さん？」
「チーズ屋さんでチュー。厳選されたチーズの深い味わいを堪能して欲しいのでチュー」
「数が多くて、決められないんだけど」
　困ったような表情で目はチーズ間を彷徨う。予想していたのか。店主は紙皿を速やかに差し出した。
「チーズの試食なのでチュー。全種類あるので買う時の参考にして欲しいのでチュー」
「悪いわね。じゃあ、遠慮なくいただくわ」
　添えられた爪楊枝を摘まみ、角切りにされたチーズを刺して口に運ぶ。
「香りが鼻から抜けるわ～」
「そのチーズは熟成期間が長いのでチュー」
「そうなんだ。あ、これはフルーツのように甘いわ。これは濃い。こっちはいい酸味ね。これも」
　試食のチーズは全て胃袋に収まった。
「どうでチュー」
「どれも最高よ！　これ、貰うわ。こっちも、あとその隣と。そっちのも」
　楡宮は大量にチーズを買い込んだ。紙袋に収まったチーズを摘まみながら歩き出す。露店を中心に目を向ける。
　串に刺した牛肉の塊を炭火で焼いていた。豪快な一本に再び食欲を掻き立てられ、熱さに仰け反りながら噛り付く。

「まだまだ、いけるわ！」
　楡宮の食欲に火が付いた。目に付いた肉料理を片っ端から胃に収める。別腹で甘い物を食べた。
「少し、苦しくなってきたかな」
　それとなく腹部を撫でる。ふと目に入った胸に溜め息を漏らす。
「これだけ食べても胸は変わらないのね」
　暗い表情は露店のソフトクリームの文字で一気に明るくなった。速足となって人波に突っ込んでいった。