【お三夜】猫と鼠と人と悪魔、四つの世界が交わる夜｜リアクション

【お三夜】猫と鼠と人と悪魔、四つの世界が交わる夜

　日傘を差した巫部紫苑は喧騒と匂いに誘われるように、ふらりと現れた。シックなイブニングドレスに白いコートを羽織っていた。
「この混雑ですと傘が邪魔になりますね」
　傘を閉じてステッキの代わりにして歩く。浮き立つ心を表しているかのように後頭部に付けられた紫のリボンが力強く羽ばたいた。
　紫苑は一番近い露店に足を運ぶ。
「クレープをいただけますか」
「どのようなクレープにしましょうか」
「メニューにある全てのクレープを焼いていただけますか」
「はい？」
　店主は困ったような表情で視線を下げる。紫苑の腹部には黒いコルセットが装着されていた。
「本当に、いいんですか？」
「はい、よろしくお願いします」
　紫苑は先に料金を支払って完成した順に食べ始める。
「やはり、チョコとバナナの相性は最高ですね」
　特に急ぐ様子はなく、静かに食べ終えた。次のクレープを受け取る。
「イチゴは定番で美味しいです」
　同じように食べ進めていく。
「これは……」
　店主の表情が厳しくなる。食べる速さに負けないように手を動かした。
　十二種類のクレープを十数分で食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
「ど、どうも」
　動揺した様子で紫苑を見送る。
「え！？」
　店主は驚きの声を抑えられなかった。紫苑は隣のお好み焼きの露店に移動して躊躇うことなく注文したのだ。
　容器に溢れんばかりに入れられたお好み焼きを割り箸で切り分けて食べる。
「焼きそばのボリューム感がいいですね。ソースは甘辛で味を引き締めます」
　笑顔を絶やさずに平らげた。紫苑は移動を開始した。隣のヨーヨー釣りは素通りしてフランクフルトの露店に立ち寄った。
「表面の皮がパリッとしています。中はジューシーで美味しいです」
　野菜スティックのように先端を齧って瞬く間に胃の中に収めた。
「次は焼き鳥ですか。醤油ダレが食欲をそそります」
　当然のように足を止めて全種類を注文した。他の店主や人々からどよめきが起こった。
　紫苑は気にすることなく、味わうように咀嚼する。
「ハツも皮も美味しいです」
　紫苑は満面の笑みを浮かべる。食べ歩きは始まったばかりであった。

　カツカツと日傘の先端を突きながら歩いてきた。その足が少し鈍る。赤い瞳は店主へと向けられた。
「猫の店主ですね。あちらは鼠のようです」
　不思議そうに見ながら近くの露店を覗き込む。捩じり鉢巻きをした黒猫が煎餅を焼いていた。爪で引っ掛けて器用に裏返す。
「一枚、いただけますか」
「三十円にゃ」
「ちょうどになります」
「受け取ったのにゃ」
　黒猫は焼き立ての一枚を紙に挟んで差し出した。煎餅には二つの突起が見て取れる。
「猫煎餅の店名の通りですね」
　耳の部分を齧る。小気味いい音を立ててじっくりと味わう。
「醤油の香りが広がります。素朴な味がいいですね」
「なかなかの食通にゃ。この先に兄弟子の店があるにゃ。鯛焼きも試して欲しいにゃ」
「わかりました。この先ですね」
　紫苑は言われた通り、道なりに歩く。
「不思議なお祭りですね」
　途上の露店にも顔を出した。猫団子や猫大福に満足した笑みを見せた。
　黒猫に紹介された露店では三種類の鯛焼きを注文した。こしあん、カスタードクリーム、抹茶クリームとそれぞれの美味しさを見出し、一層、足取りが軽くなる。
　前方に神社の建物が見えてきた。
「あら、ここは寝子島神社だったのですね。良い機会です。お参りをして行きましょう」
　紫苑はいそいそと進み出る。神妙な顔で鈴を鳴らし、賽銭箱に五十円玉を投げ入れた。二礼二拍手一礼に則り、願い事を口にする。
「来年も美味しいものがたくさん食べられますように……」
　数秒、姿勢を保ってにっこりと笑う。踵を返して、そうでした、と声を上げた。
「お夕飯が、まだでした。おかずになる物を探しましょう」
　別の道を選び、立ち並ぶ露店を見て回る。
「お土産も欲しいですね。あと、甘いものが欲しくなりました。歩き疲れたのかもしれませんね」
　一人で納得して即行動に移す。笑顔で露店を渡り歩いた。