【永遠のブルース】

　『倍・ハード』！　アクション映画の金字塔ったらばやっぱりこれを外すことはできますまい。
　世界一不幸な猫、ジョン・ネコカーンがぶつくさとボヤきながらも孤軍奮闘。知略を駆使してテロリストに立ち向かい、ズタボロのボロボロになりながらもばったばったと敵を倒していくという、まさに痛快エンターテインメントの鑑であります。
「それではこれより、『倍・ハード』の上映を開始いたしまーす！」
　嬉野 エマが店内へアナウンス。七海が手元でリモコンを操作すると店内の照明が落とされ、客たちはぱちぱちと手を鳴らしました。



「辛っ！！」
　スクリーンに映し出される高層ビルやら、最上階で催されているクリスマスパーティーへの感想ではもちろんなく、水守 流の注文したカレーが思いのほかハードであっただけです。
「喫茶店のカレーならそんなに辛くねえと思ったら……意外と本格的じゃねーか。つーか美味っ」
「オーナーのこだわりでね。気に入ってくれたなら幸いだよ」
　カウンター越しの七海とサムズアップを交わし、流はカレーを頬張りながらも映画へ視線を戻します。
『まったく。ツイてないぜ』
　タクシーに揺られながら、さっそくのボヤきを一発かます主人公。
「１作目ともなると、さすがにジョン・ネコカーンも若いな。体毛もふさふさだし」
　場面は変わり、クリスマスパーティーへ乱入するテロリストの一団。その場には主人公ジョンの奥さんも居合わせており、波乱の予感といったところ。
　たまたまお手洗いに行っていて人質になるのを免れたジョンは、単身事件解決に乗り出します。
「辛、美味っ……年食って渋くなったネコカーンもいいけど、やっぱこの頃はアクションが派手だなぁ。辛、美味っ」
　はふはふ、カレーを口に運ぶ手は止まらないまま、目線はスクリーンに釘付けな流。
『ちくしょう、何で俺がこんな目に遭うんだ。クソッタレめ』
　終始ぶつぶつと言いながら、手に入れたマシンガンでずががががっとテロリストを撃ち倒すネコカーン。
「そうそう、倍・ハードといったらこれだよなー」
　手に汗握る展開は続きます！



　カウンター席とは反対の窓際の席には、志波 武道が腰かけておりました。
「倍・ハード……話にはよく聞いてたけど、見るのは初めてだなぁ。イヤー面白いな♪」


　ホットコーヒーとホットサンドイッチをお供に、のんびり映画鑑賞。なんともゼイタクな時間です。
「おお、アクションもすごいな。さすが猫」
　ジョン・ネコカーンは猫であるがゆえに、アクロバティックなアクションシーンもこなします。天井へ飛び上がったり、サーカスよろしくロープの振り子で飛び移ったり。
　それでもシリーズの常として、彼は傷を負い、疲弊して、なんだかもう救いようがないほどヘロヘロに追い込まれていきながらも、その場の機転でピンチを切り抜け勝機をつかむという、そんな逆転劇こそが見どころを言えるでしょう。
「コーヒーのおかわり、いかがですかー？」
「おっ。お願いシマッス☆」
　フロアを巡るエマに声をかけられ、カップに再び満たされるコーヒーの素敵な香り。
「アリガトー！　そういえば……ここの映画のチョイスって、店員さんの好みだったりするのかな？」
　ついでに気になったことを尋ねてみると、エマはうーんっと指を口元に当て、
「ほとんどはオーナーが選んでますけれど……時どき、私たちにも選ばせてくれることがありますね。今月上映してる『ゴアラ』は、にーさんのチョイスです」
「へえ、そうなんだ」
「ちなみに、リクエストも受け付けてますわよ！　なにかご希望の映画なんてありまして？」
「おっ、そうなの？　そうだなぁ。アクション映画も見るけど、俺がよく見るのはサイコホラーとかバイオレンスとか、サスペンスとかかなー。先の展開を読みながら見るのが好きなんでテヘ！」
「なるほどですわー！　オーナーにお伝えしておきますね！」
　次に上映されるのは、武道のお好みにマッチした映画かもしれません。



　フロアでは倍・ハードの物語も中盤へ差し掛かろうというところで、いっぽう個室では。
「……あ、あぶない。避けて、避けて……がんばれ……！」
　恵御納 夏朝がはらはらとしながら、ジョン・ネコカーンの活躍に見入っておりました。
　かたわらには、レンズ猫のおはぎとそのぬいぐるみもちょこん。
　それに、
『なかなか男前な殿方ですね、夏朝さま！　もちろん、テオさまにはちょっぴり及びませんけれど』
「う、うん。そうだね……」
　ミラもいっしょだったりしました。
　テオがよく出入りしている（誤解）と聞きつけ、ちょうどお店に入るところの夏朝に頼み込み、いっしょに猫部屋へ突入！　したまでは良かったものの、件の灰白猫はすでに去った後というわけでして。残念！
　とはいえ、
『私、あまりこういうものを見たことが無いので。わくわくしてしまいますね♪』
　などとすっかり楽しんでいて、人間界の映画も気に入ってくれたようです。
　猫のおはぎは、おやつをもらってすやすやすぴーとお昼寝タイム。ぐっすり熟睡中のようでして、ミラや夏朝が少しばかり映画にエキサイトしてしまっても大丈夫そうです。
　というわけで、
「がんばれ、ネコカーン……！　って、その猫じゃらしは罠だよ……！」
『な、なんだか私までウズウズしてきました！』
　世界一ツイてない猫の危機一髪な大活躍を、身振り手振りも交えて応援しつつ見守る、ひとりと一匹でありました。