校庭の真ん中に高く組み上げられた薪に火が入れられる。
　ぱちぱちと拍手のような音を立て、藍色の星空に火の粉が舞い上がって行く。
「寝子祭ももう終わりかぁ」
　お祭の締めのキャンプファイヤーの炎の色に白い髪と頬を染め上げ、白 真白はふうわりと表情を和ませた。
「いやー、こういう火って見てるとなんだか和むよね」
　流れ始めるフォークダンスの音楽を耳にしながら、真白は集まり始める人々の輪には入らず、炎の近くに身を寄せる。
(フォークダンスはパスでいいかな)
　誰かと踊るよりも、今は高く燃え上がる炎を見ていたい。
　薪投入の手伝いに精を出す真白の影が、キャンプファイヤーの周りで踊る人々の影が、祭りの最後を彩る炎に揺れる──

　片付けが済んでおらず、立て看板やポスター、色んな小道具大道具がお祭の熱気と共にまだ残る廊下を恵御納 夏朝はぱたぱたと小走りに駆ける。
(フォークダンス、始まっちゃった……！)
　待ち合わせを約束した下駄箱に向かう。
「お待たせ……！」
　煌々と電灯に照らし出された下駄箱の前には、
「いいえ、私も今来たところです」
「アカリもデース！」
　なんやかんやでネズミを捕まえ損ね、ならばと待ち合わせを約束した吉住 志桜里とアカリ・ゴールディングが待っていてくれた。
「待ち合わせと言えば下駄箱ですよね」
　淑やかに笑う志桜里の長身を挟み、夏朝とアカリはなんだか楽しいような視線を交わす。
「ハーレム、みたい……？」
「Oh、嬉し恥ずかしデース！」
「あら、でしたら素敵な女子おふたりに恥じぬよう、精一杯背筋を伸ばさねばなりませんね」
　お祭気分の三人は女子同士で手を繋いでフォークダンス会場へと向かう。校庭までの道筋には、肩を並べて歩くカップル、それを羨ましそうに眺めるおひとり様に、友達同士ではしゃぐ男子女子。それぞれがそれぞれに、楽しそうに寝子祭の最後を過ごしている。
「プロムとはまた違うデス、ガ……」
　校庭に明々と燃え上がるキャンプファイヤーをエメラルドの瞳に映し、アカリは小さく笑った。プロムに憧れる気持ちは全くもって微塵も変わりはないけれど、これはこれで悪くはない、のかもしれない。
(でも！　but！)
　来年は格好良いボーイフレンドと約束をしよう。アカリは固く決意をする。
「アカリは出来る子頑張る子なのデース！」
　炎の色に金の髪を彩らせ、アカリは道の途で宣言してみせる。
「グランマ、アカリはグランマの国で友達やパートナーを見つけるデースヨー！」
　亡き人に誓うかの如く星空に向けて叫ぶアカリの背中を志桜里がぽふんと叩いた。夏朝が志桜里と繋ぐのとは反対の手で手を繋いだ。そのまま三人で、フォークダンスの音楽に合わせてくるくる回る。

「あっ、グランマはグランパと米国でラブラブなのデース！」
　明るく笑うアカリに、志桜里が快活な声で笑う。夏朝が楽しい笑い声を弾けさせる。
「楽しかったですね」
「来年も楽しい寝子祭になりますように！」
　お祭を心から楽しむ少女たちの頭上、後夜祭の始まりを告げるフォークダンスの音楽が星空を彩り始めた。
「くるくるにゃーんと寝子祭！」
　三人でくるくる回っていた女の子たちがきゃあきゃあと笑いながらフォークダンスの輪に駆け込むのを眺めつつ、音海 なぎさも輪に混ざる。裏ミスコンに参加したとは言え、入るのはもちろん輪の内側、男子の側。
「音海は女子の方デショ？」
　混ざり込んだ途端に前後の男子から心底不思議そうな声を掛けられ、ついでにこっちにおいでよとばかりに外側の女子から手招きされ、なぎさは困った顔でふわふわ笑う。
　のんびりフォークダンスが出来るのなら、正直なところどちらでも良いような気もするけれど、
「そこはほら、くうきと雰囲気に沿って臨機応変に……」
　ミスコンの衣装から男子の制服に着替えてもいる、男子女子の比率から見ても今回はちゃんと男子側の方がいい、
(と思うんだけど……)
　とりあえずはなんとか男子側に残りながら、なぎさは傍らの女子とお辞儀をして手を繋ぐ。ふわふわふわり、軽やかにステップを踏みながら、照れることもなく女子と手を繋いでは離れ、繋いでは離れを繰り返しながら、思い返すは今年の寝子祭のこと。
　今年の寝子祭も大きく盛り上がるよう、
(ボクなりに頑張っていきたくて、)
　出来る限り頑張ったつもりではある。めいっぱい自分なりに楽しめたつもりでもある。
(……でも)
　至ってスマートに女子をエスコートしながら、けれどその自分の仕草には気づけぬまま、なぎさはマリンブルーの瞳をそっと伏せる。
(空回りも多かったな)
　張り切り過ぎてしくじってしまった気がする。もしかしたら誰かに引かれてしまったかもしれない。頑張って頑張って、でもやっぱり届かなかったことも、至らなかったこともあるかもしれない。手が及ばなかったこともあるかもしれない。
(……ああ、でも)
　ふわふわ、くるり。幾つかのステップの先でパートナーが変わる。終わらないダンスが続く。
　空回りも多かったけれど、悔いもある気がするけれど、それでも、お祭りは楽しい。お祭りは最後の最後まで、ずっと楽しい。
(この時間が、ずっと楽しく続くといいな)

　家庭科同好会の出店が終わるのを待ってエスコートに向かい、肩を並べてフォークダンスの輪に混ざる。
　手を取りあった途端、思いがけずどきんと大きく心臓が跳ねた。
　手を繋いで踊り始めた七夜 あおいがくすぐったそうにくすくすと笑って、八神 修は心臓のどきどきを悟られたかと少し焦る。
「顔が赤いよ、あおい」
「そうかな？」
　照れ隠しの言葉さえ読まれている気がして、修はどうしようもなく熱を帯びる自分の頬を掌で擦った。
　束の間、手を取り合ってステップを踏んで後、次の男子にダンスのエスコートを譲る。
「あおい、──後で」
　ダンスが終わったら火を囲んで話をしようと短く告げて、修は次の女子と手を繋ぐ。
(楽しかった)
　今年の寝子祭について思いを巡らせながら、瞼の裏に思い描くのはあおいの笑顔ばかり。彼女も楽しかったのなら、
(俺も、嬉しい)
　後で再会したら、キャンプファイヤーを眺めながら思い出話と来年への期待を話そう。
　話したいことも一緒にしたいことも、まだまだたくさんある。
　キャンプファイヤーの火の粉が昇って行く星空を仰ぎ、修はそっと微笑んだ。
(綺麗だ)

「おや、羽生くん」　
　差し出された手を取ろうとした瞬間に掛けられた声に、羽生 碧南は瞬いた。ついうっかりいつもの如く乙女ゲームな妄想に耽ってしまっていた心が急激に動き始める。気づけば目の前に立って手を取ってくれていた鷹取 洋二先輩と目が合って、碧南の心臓は今にもはち切れそうなほどにどきどきと高鳴り始めた。
(まさか鷹取先輩と踊るなんて……！)
　ほんの束の間のダンスとは言え、心臓はあり得ないほど脈打っている。
　触れた指先からどきどきが伝わってしまいそうな気がして、炎よりも紅く頬が染まっているような気がして、碧南は恋する先輩から視線を逸らした。
　音楽に合わせてステップを踏む。あっという間に離れてしまうだろう先輩をちらちらと盗み見る。
(今、この瞬間に告白したら……？)
　ふたりの距離は近い。今なら、どんなに小さな声だって届く気がする。先輩のどんな小さな反応だって気づける気がする。
「……鷹取先輩」
「うん？」
「……私は、……」
　先輩のことを、と口に出そうとしたとき、先輩の手が離れた。優雅にお別れの仕草をして次の女子のもとへと向かう先輩を、碧南は目で追いかける。
(私は、先輩のことを……)

　女子とお辞儀をして別れ、次の女子と手を繋ぐ。
「やっほー」
　キャンプファイヤーの色に照らし出される野々 ののこと目が合って、うっかり繋いだ手を離しそうになって、佐藤 英二は焦った。焦ったことを気付かれないよう、赤くなる頬が炎の色に紛れているよう祈りながら、さりげなく笑ってみせる。
「今日はお疲れさま」　
「英二くんもお疲れさま」
「シャウト大会、けっこう盛り上がって良かったよね！」
　ねぎらいの言葉を掛けると、ののこは顔中で嬉しそうに笑った。英二の手をぎゅっと握りしめ、悪戯っぽく瞳を細める。
「失敗は笑い飛ばしてナンボ、だよね！」
　英二の失敗も自分の失敗もちからいっぱい笑い飛ばして元気いっぱい進んで行こうとするののこの笑顔につられ、英二も自然と笑顔になる。
　星空に舞い上って行くようなキャンプファイヤーの炎と、それに負けず劣らず鮮やかなののこの笑顔を忘れないようにしようと英二は思う。だって、
(凄く良い寝子祭のフィナーレだ！)