【寝子祭2nd】前夜祭から後夜祭までフルリヤッヒィ！｜リアクション

【寝子祭2nd】前夜祭から後夜祭までフルリヤッヒィ！

★商品ＮＯ.３【まゆちゃん先生のマンツーマン水泳教室】

　スクリーンに次の『商品』が大きく表示され、舞台袖から相原まゆ先生が小柄な背を精一杯にしゃんと伸ばして現れる。
　ヒールの踵をカツカツと鳴らして舞台の真ん中に立った体育科の先生を仰ぎ、『商品』を見つめ、万条幸次は眦を決した。
(今日ぐらいは)
　客席にぐるりと視線を巡らせる。何人もの生徒がまゆ先生に熱いまなざしを注いでいるところから見て、入札者は相当数に上りそうだ。
　いつも寝不足でぼうっとしがちな自分に気合いを入れるため、ごしごしと頬を擦り、瞼を擦る。落札上限はたった一人きり。『代価』だって厳しいけれど、
(頑張らないと……)
「はーい、それじゃあ入札者さんはこちらにどうぞー」
　川添先生の言葉を耳にするなり、幸次は掛けていた椅子をがたんと鳴らして立ち上がった。できるだけ急いで指定されたステージ前に向かう。
「えーと、向こうで水着に着替えて来てねー。さっきのミスコン用に用意していた水着も更衣室もあるから安心だよー」
　集まった男子と女子に指示して、川添先生はスクリーンを指し示した。
「客席にお集まりのみなさんはスクリーンをご覧くださいなー」
　合図と同時、スクリーンにはプールサイドが映し出される。用意された色とりどり、たくさんのバケツに実行委員たちが水道から伸ばしたホースの水を注ぎこんで行く。
　十一月のプールサイドのあまりに寒そうな様子に、客席がざわめいた。
　体育館からプールサイドに移動した水着姿の入札者たちが加わり、寒々しさが一気に上がる。

(っ……)
　吹き寄せる晩秋の風に鳥肌のたった腕を擦り、幸次はその場で足踏みを始める。
(まさか十一月に屋外で水着姿になるとは思わなかったよ)
　実行委員の指示に従い、入札者たちがプールサイドに一列に並ぶ。一人一人の背の後ろに水入りバケツを手にした実行委員が立つ。
「一番多く水を被った人がレッスン権獲得でーす！　ギブアップの場合は手を上げてくださいねー！」
　飛び込み台の上に立った実行委員が笛を口にする。
　水着姿の全員でぶるぶる震えて開始合図を待ちながら、幸次は深呼吸を繰り返して決意を新たにする。
(……意地でも動かないよ)
　例えば、飼い主が重たがっても背中の上にどかっと座って動かない猫のように。
　召使いたる人間の背中の上に香箱を組む猫の如く、幸次はその場に仁王立つ。早くも温度を失くし始めた爪先でプールサイドの冷たい地面を踏みしめる。
(とはいえそれだじゃすぐにギブアップしそうだから、……)
　何かしら考えようとした途端、晩秋の空に笛の音が鳴り響いた。それと同時、プールサイドに立った水着の男子女子の頭へバケツの水がぶちまけられる。
「ギャア無理！」
「うわ冷たっ！」
　左右に聞こえるみんなの絶叫を耳にする余裕もなく、幸次は背中や頭にばっしゃんばっしゃん容赦なくぶちまけられる冷たさを通り越して最早痛い水の音に息を詰める。他のみんなと同じように上げたくなる手をぐっと堪え、
「臨海学校の遠泳ー！　二年連続力尽きて浮かぶオチだったぁー！」
　水の音に負けないくらいの声で叫び始める。
「十七年の人生、運動神経ないからって諦めてたけどー！　救助されてボートに乗せられたあの時、初めて悔しいって思いましたー！」
　背中を打つ水も気にならないよう、叫ぶことに集中する。ちょっぴり情けないような気持ちも気合いに代えて叫ぶ。声の限りに喚く。
「マンツーマンレッスンで、自分を変えてみたいと思います！　泳げるんだって自信をつけてみま──」
　言葉の途中、不意に水が止まった。口を開けていたせいで降ってきた冷水をうっかり飲み込み、思わずゲホゲホと咳き込む。
「おめでとうございまーす！」
　水の代わりにバスタオルを頭から掛けられ、はたと気づいて周囲を見回してみれば、プールサイドに立っているのは自分だけだった。他の入札者たちは知らない間にギブアップして一足先にシャワー室に駆けこんでいるらしい。
　がたがた震える身体をせめてバスタオルで包み、幸次は青い唇で笑った。
「ありがとうございます、俺は気合いがあると認めてもらえたんですね」
「見事な気合いと絶叫でした！　いい画が取れましたよー！」
　中継用のカメラを片手、マイクを片手に勝利者インタビューを向けてくる実行委員に、幸次は小さなくしゃみひとつで応じる。
「とりあえずこのままじゃ風邪ひくんで、あったかいシャワー浴びて着替えていいですか」

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