和服を自在にアレンジしたその姿は、たとえば悪鬼の姫君のようでもあり、戦場で奔放に舞う剣鬼のようでもあり。
　裏地に鬱金と朱を縫い付けた黒銀の袖を翻し、漆黒の髪とたっつけ袴に似て非ざる袴に飾った金茜の装飾をシャラリと鳴らし、吉住 志桜里はその場でくるりと回る。だん、と踵を鳴らして指し示すは怪人ナンバー2の『ビセイ』。
　申し込むのはフリースタイルラップでのアカペラ勝負。
(元となるビートが無い分、)
　爪先で聞こえるか聞こえないかの自分だけのビートを刻む。武術で鍛え上げた長身の体躯すべてにそれを響かせる。
(この身に乗せた韻をヴァース一本にどこまで詰められるか)
　白刃じみた勝気なまなざしを『ビセイ』に真っ向から向ける。
　歌の一番盛り上がる部分に到るまでの持ち時間はない。サビよりも先に聴き手の心を掴まねばならない。

　──Ay yo 怪人だか廃人だか知らねぇが
　　　灰燼に帰すぜ
　　　ハグ＆キスに代わって喰らわせる一発
　　　聞き流す暇もないライムでKick in da verse

　　　いきなりかまされて目で泳ぐスイマー
　　　なら行きずりコマに切って放るライカウィンナー
　　　そうウィナーが味わうチキンディナー
　　　ルーザーは苦汁に沈んでな

　己だけのリズムに乗せて己だけの言葉を紡いでゆく。
　言葉の刃に膾切りにされ、『ビセイ』は口をぱくぱくさせる。

　──Yeah アンサーにしちゃ芯がねえな
　　 シンカーよりも直球で来ないから目はまだ死んだままだぜあんた
　　　これはフリースタイル
　　　許される一切　合切詰めて撃つ言葉のミサイル
　　　必殺　で勝ち上がるのがアタシらのルール　

　　　言う事ない？なら勝ちは頂き　
　　　札付きの悪鬼 M.C.440Reマジ神懸かり


　風紀委員としての校内見回り業務の合間を縫ってミスコン会場である体育館へと赴いた鷹司 凜太郎が目にしたのは、出場者との勝負に敗北して膝を折る覆面黒マントの怪人『ビセイ』の姿だった。
　膝を折るだけでは足りずその場に倒れ伏す『ビセイ』を一瞥し、傾奇者な格好をした女子が颯爽とした足取りで舞台を去って行く。
(間に合った)
　客席を探す老婦人に自分が掛けようとしていた椅子を譲りつつ、凜太郎は出入り口に近い壁際に場所を定めた。
(スピカくんの出番はそろそろのはず)
　協力関係にある寝子祭実行委員の長の計らいで得た貴重な休憩時間は全て、ミスコンに出場する恋人、スピカ・フォーツの応援に費やすつもりでいる。
(それにしても)
　彼女の出場枠がフリー部門で良かった。そうつくづく思う。可愛い恋人の水着姿が衆目に晒されるとなれば流石に心穏やかではいられない。
　撫で下ろす胸の内、彼女に対する己の独占欲が根底にあることに思い至り、凜太郎はほんの僅か碧の瞳を思案に沈ませるも、それも司会者の男子が次の出場者の名を告げるまで。

　僅かに金の混ざった銀糸の髪を白と淡青を基調としたワンピースの背に躍らせ、恋人が楚々とした足取りで舞台に現れる。
(可愛らしい装いだね)
　丁寧にお辞儀するスピカの一挙手一投足を柔らかなまなざしに追い、凜太郎はそっと微笑んだ。
(アクアマリンの瞳と綺麗な銀髪によく映える)
　恋人が魅せたいと思った部分を的確に見止め、恋人の声に耳を澄ませる。
「大食いでも、なければ……力もないから……」
　小さな声で喋りながらも視線は凛と『怪人』たちへと向け、スピカは小さく深呼吸した。
(凜太郎くん……)
　観客に溢れる体育館の中、舞台に立った途端に見つけた恋人を想う。
　真直ぐに見つめてくれていた。
　舞台と客席は離れているけれど、視線も交わせた気がする。
　ミスコンに出てみる、と言ったとき、応援に行くよと迷うことなく言ってくれた恋人。風紀委員の仕事で忙しいだろうに、約束通り来てくれた大好きなひと。
(水着は、……)
　ささやかな胸を水着で彩る気になれず、フリー部門での出場を決めたけれと、どちらにせよ今回のミスコンには『怪人』との対決という難関が待ち受けている。
　健啖家でもなければ腕力も無い文化部の自分が渡り合える種別は、この場にはひとつしかない。
「けど、歌なら……」
　対決相手に選ばれた『ビセイ』が今度こそ勝たねばと気合いを入れてスピカの前に立ちふさがる。
(それに、……)
　神魂によってゲーム世界にダイブした際、詠唱のノウハウを少なからず会得している。現実世界とは言え、あの世界で培った経験を応用すれば得難い武器に変換できる。
　先手の『ビセイ』が激しいロックでデスボイスとシャウトを喚く間、スピカは客席のただひとりを見つめ続ける。
(それに)　
　まごころを歌にして届けたいひとがいる。
「リンタロウに、捧ぐ歌なら……誰にも負けない……！」
　決意を言葉にし、スピカは『ビセイ』の後に立って唇を開く。
　歌うのは異国の子守唄。
　ふわりと浮かぶ雲の如くどこまでも自由に、純粋無垢に透き通った氷の花の如くひらりゆらりと舞いながら、客席に歌声を響かせる。
　静かでありながらどこまでも広がって行く不思議な声はまるで魔法の呪文のよう。澄んだ氷に柔らかな陽の光の甘さを宿らせ、スピカは歌う。
　ただひとり、歌に乗せて心を届けたいひとがいる。
　それは一番の温かさと安心を与えてくれるひと──
(リンタロウ)

　氷の花の妖精にも似て舞台に舞って歌ったスピカに誰よりも大きな拍手を送り、凜太郎は耳に残るスピカの心癒される声に瞳を細める。
(僕の中で一番美しいのはスピカくんだから)
　勝敗がどうであろうと、今は彼女の健闘を笑顔で称えよう。

　オレンジに透ける栗色の髪には蜜柑のヘアアクセサリー、寝子高の女子制服をゴシック風にアレンジした衣装の腕には蜜柑と猫が合体したようなゆるキャラのぬいぐるみ。
　パソコン部の自作ゲームに出て来る美少女幼馴染ヒロイン、『蜜柑』のコスプレ姿で綴 柚枝はわくわくと舞台袖で出番を待ちうける。
(段々ノってきちゃった！)
　最初はどうにも恥ずかしかった女装も、普段から女装な上にパソコン部の企画で輪をかけて可愛い格好をした伏見 真と一緒に行動するうちに楽しくなってきた。だからこそのミスコン、しかも女装男子限定な裏ミスフリー部門。
(参加しちゃうぜー！)
　水着部門への参加はさまざまの理由で見合わせた。いちばんの理由は、
(いやだって水着はいなりんと被るし)
　水着部門の優勝は真に譲ることにして、柚枝はフリー部門。優勝をかっさらうかどうかは別として、とにかくも部のみんなで作り上げた自作ゲームの販売数とお祭りに出店したゲームのコンセプトカフェの客入りを伸ばしたい。だって面白いものが出来た。プレイしてもらうには、真と自分で作ったゲーム曲を聞いてもらうには、まずはこういうものがあると宣伝して知ってもらうことが大事。
「続いては綴柚枝さん！　パソコン部作のゲーム『BAROQUE:CODE』に出て来るヒロインのコスプレでの登場だ！」
　彰尋の紹介に従い、柚枝は元気いっぱいの足取りで舞台へ飛び出す。短めのスカートをひらり可愛く翻しながらも、
(パンチラはしませーん)
　絶妙な仕草でスカートを抑え、柚枝はゲーム内の設定、『明るく社交的で世話焼きなThe☆幼馴染』に沿って舞台で飛び跳ねポーズを決める。そうしながら、衣装の襟に隠して仕込んだリアルタイム変換可能なボイスチェンジャーを使い、キャラクターイメージに合った健康的な可愛い美声を響かせる。

「みんなー、今日はゆえをよろしくねー！」
　にっこり笑ってぶんぶんと手を振れば、うっかり魅了されて手を振り返す男子たちに混ざって、
「柚枝さんかわええよ～」
　真のおっとりした応援が飛んで来た。
「あっ、いなりーん！　お互いがんばろーねー！」
　ぴょんぴょん飛び跳ね、柚枝は『オオグイ』を対戦相手に選ぶ。張り切って準備する『オオグイ』にもにっこり笑いかけ、柚枝は勝負の席に着く。見た目から辛い真っ赤な激辛パンを手に取り、ぱくりとかじりついて、
「ふえええ、辛いよおおお……」
　口を押えて半泣き顔を披露する。そのあざとくも可愛い顔には『オオグイ』もうっかり見惚れた。
「でも、ゆえ負けないよ！」
　泣き顔を健気な笑顔に変えて、ついでに客席の何人かの男子の心も奪って、柚枝はもうひとくち激辛パンをぱくり。