一方、ようやく目を覚ました譲は、至近距離からねっとりとフジコちゃんに観察されているのに気付き、再び意識を手放しそうになるのを、やっとの思いで踏みとどまった。

（やめろ……そんな穢れた目で、俺を見るな……！
　って、何故教壇の上で開脚する！　股関節が柔軟すぎだ！　ウィンク投げるな、意味がわからない！）
　回転院 環が、すごいすごいと手を叩いて喜んでいる。こちらも意味がわからない。

（ふ……だが俺には秘策がある！）
　譲は、なんと眼鏡を外して、制服のポケットに仕舞いこんだ。
（どうだ、こうすれば何も見えない。
　浅はかな挑発が不発に終わり、悔しがるフジコ先生の醜態が見れないのは残念だがな）
　不敵な笑みを見せる、譲。
　だが、譲の作戦には大きな落とし穴があった。
　それは眼鏡を外すと、周囲の状況が確認出来ない程、視力が下がってしまう事だ。

　当然、テスト問題も見えない。これじゃあバカには見えないテストペーパーと、余り変わらない。

　テストが先に片付いた生徒が、よろめいてぶつかってきた。
「うわ、なんだ！？　何が起こっている！？　火事か？　皆、落ち着け！
　押さない　駆けない　死なないの“おかし”を守り抜け！」
　追試前のテスト勉強で、3食またたびメイトだった痩せた体を、机のカドにぶつけてうめきながら叫ぶ、譲。
「大丈夫だから、落ち着いて！」
　千鳥 雅人に宥められ、ようやく眼鏡を取り戻した譲だったが、かけた瞬間にフジコちゃんのドアップが目に飛び込んできて、やっぱり気絶した。

（と言うか、彼もうテスト終了してるんじゃ？　なんで帰らないのかなー？）
　雅人の疑問はもっともだ。秀才の譲は、とっくに答案が埋まっていたのだが、終わったら帰っていいという事を失念していた。

　かく言う雅人は、成果が芳しくなかった。
　せっかく勉強会に参加したのに。途中で寝てしまい、結局意味無かった。
（……うう、でもここで挽回しないと……！）
　あくびをしたのは眠いからじゃなくて、酸素をより多く取り込むためだよ！


　恵御納 夏朝も猫パペットは、今はお休み。
　頑張った成果を、今まさに発揮中。
（犬役には興味があるけど……補習も受けて、空き時間の半分以上を勉強に費やしたもん。
　猫と遊べる機会も、ぐっと我慢して大分減らして……）
　夏朝ちゃんが、猫と遊ぶのを我慢するなんて！　聞くも涙、語るも涙だ。
　思い出したのか、夏朝がぐっと手を握り締める。

　すぐそばで種子島 タネが、フジコちゃんの甘い吐息を食らっている。
「やだー、ふじこちゃんのエッチ♪」
　タネは愛嬌振りまいて喜んでいる。ちょっと環さんを、思い出さなくもない。

　勿論、フジコちゃんは愛の教師なので夏朝もちゃんと構う。
　イイ漢女は、例外を除いて仲間はずれを作らないのだ。
　吹き付けるブレスに、ふわふわの髪が遊ばれる。
（キレちゃだめ。我慢しないと……問題を解くんだ！）

　耐える顔をキャンバスにして、フジコちゃんは夏朝を犬に生まれ変わらせる。
　ちょっぴりくすぐったいのを我慢して、手鏡を覗いた夏朝。
（わぁ、わんこさんだ。お化粧、上手だなあ）
　夏朝は、ポワポワのサモエド。
　個性に合わせて、ちゃんと犬種まで変えている辺りに拘りを感じるが、意に介さず夏朝はテストを続行。
「やっぱり、恵御納ちゃんにはコッチかしらね」
　フジコちゃんが子猫を構えた。
「！！」
　がばりと、夏朝が姿勢を正す。
　子猫の瞳はガラス玉。くりくりと丸い目で、誘うように夏朝を見つめてくる。
　そんな子猫のほっぺに、フジコちゃんはちゅっちゅ。
　愕然と見つめる夏朝。

「ずるいのだ……職権乱用なのだ」
　八神 修の個人授業から戻ってきた、後木 真央が思わず漏らす。
「後木だってさっき、がおーをさんざモフったじゃないか」
　そう、勉強を教わる横で、召喚した三毛猫がおーの輪郭からハミた お肉のたぷたぷや、むっちりした腹肉の感触を五感で堪能してリフレッシュして来たのだ。ちなみに真央の顔は、まだハチワレのまんまだ。案外気に入ったのかもしれない。
「……むぅー、それとこれとは話が別なのだ～」
　地団太踏む真央や、夏朝の熱い視線の中、フジコちゃんは子猫をぺろぺろしながら、決定的な一言を放った。

「あら。テストが早く終わったら、残りの時間で あなた達もモフっていいのよ？」
「「！！！！！！！！」」

　少女達の背景に、稲妻が走った。
「子猫さん達のために、我慢して頑張る……！」
「真央ちゃん、一刻も早く終わらせて子猫と遊ぶのだ！」
　いきなりやる気になって、鬼気迫る形相で答案に向かう彼女らには、もうどんな妨害も功を奏さない。


　一方、フジコちゃんの妨害を好意的に捉えている回転院 環は、子猫と遊ぶフジコちゃんを、「いいないいな～」と指をくわえて見ているうちに、ちょちょいと顔をダルメシアンにされていた。
　斑模様は環に合わせて、カラーもライラック。時々星模様も混じって、なんだかポップだ。
「可愛い！　たまちゃん、記念に写メ撮っちゃおかな～」
「レディ。君の素敵な声を遮らなきゃならないのは、俺も心苦しいけど、テスト中はお静かに頼むよ」
　騒いでいたら、また八十八旗 信彦に注意された。
「ハァンッッッ！」
　注意されると、環は却って身を捩じらせて興奮のるつぼ。
　追試という試練を乗り越えて、今日を以ってたまちゃんは楽しい楽しいスクールライフに舞い戻るのさ！
　なんて言ってたけど、今でも十分楽しそうだ。