化かし狐のお礼参り｜リアクション

化かし狐のお礼参り

　これは一体、何者だろうか。猫鳴館にいるのだから、寮生だと考えて間違いはないだろう。164cmの身長は、少年か少女か判じがたい。顔や服装で判断できるものならそうしたいところなのだが、この人物は目にゴーグル、口元にはマスク、髪は手ぬぐいと頭全体をきっちりと覆い、ゴム手袋に割烹着を着こんで、首にはタオルを隙間なく巻いてているのだった。足元にはビニールシートと新聞紙を敷き詰め、その上でごそごそと作業を行っている。
「初島くんー？　なんで締め切ってるの、暑くない？」
部屋の外から誰かが声をかけてくる。戸が動く音をして、完全防備の謎の人物は声を上げた。
「ああっ、ダメだよー！　今危ない作業してるから開けないでー。大変なことになるからー」
「そう？　何かわかんないけど気をつけてやってよ？」
声の主がそのまま去ると、マスクとゴーグル姿の人物＝初島優はほっとため息をついた。
「ふー危ない危ない。粉が寮のなかに飛び散ったら、俺が戦犯になっちゃうからねー」
優は再び作業を始める。シートの上には赤い粉、白い粉、そして緑の粉山がある。優はそれを軽量スプーンですくい取って慎重に容器に詰めていった。
「しかしねー。尻尾もがれて、まだやる気なのかー。あの狐も懲りないねー」
狐の猫又川事件には、優も直接関わった。わさび稲荷で懲らしめてやろうというあては外れてしまったが、すべてを見届ける立場にあったのだ。当然狐がどんな結末を迎えたのかも知っている。同じ寮生の邪衣士がこともあろうに、妖狐の尻尾を引き抜いてしまったのだ。
「俺のところにも来るかもしれないからねー。一応、迎撃手段は用意しておかないと」
そうつぶやく優がこしらえているのは『催涙煙幕玉』だった。赤い粉は唐辛子。白い粉はチョークを砕いたもの。そして緑の粉は粉わさびだ。稲荷寿司に仕込まれたわさびの匂いに感づいた狐への意趣返しのつもりである。
「幻覚が見えたらそっちに投げつける。それで何とかできるはずー。だといいなー……」