＜基本給＋歩合＞寝子島デジタルマッピング｜リアクション

＜基本給＋歩合＞寝子島デジタルマッピング

夕・寝子島水処理センター

「ここはね、本当は一般の方は入れないんだけど、今回だけは特別だよ」
　人の良さそうな職員に案内され、綾辻綾花、弘明寺能美子、桜庭円、猫村翡翠の４人は、大きなプールのような沈殿池を隅々まで歩いた後、「関係者以外立ち入り禁止」の高度処理施設へと入った。
「ここではろ過を何度も何度も行って、沈殿池で除去できなかった小さな汚れを落とすんだ。さらに窒素やりんを科学的に△○☆……」
　能美子はだいぶ飽きてきて、職員の言葉が呪文になって聞こえてくる。綾花と円は、本気で見学してきた気分になって、なぜかノートにメモをとっている。カメラ番の翡翠はあくびを噛み殺し、眠気に負けてよろけてしまわないよう注意する。
「……以上が、下水をきれいにして川へと放すまでの全行程です。分かりましたか？」
　４人はそれぞれの最大限の感謝の気持ちをこめて返事した。

「いい画像はいっぱい撮れたかな？」
　センター入り口へと向かいがてら、職員が尋ねてくる。センター訪問時、事情を説明すると、「下水処理の仕組みをたくさんの人に知ってもらえるなら！」と案内を快諾してくれた。たぶん、暇だったのだろう。
「はい、たくさん撮れました」
　翡翠がカメラを見ながら答える。
「お水のことにも詳しくなれましたし」
　綾花も満足げだ。
「歩合もはずみそうだしね」
　一石二鳥、と円が笑む。
「うんうんよかったよかった。よかったついでに、これもあげよう」
　４人にキーホルダーが手渡される。
「寝子島水処理センターのマスコットキャラクター、ねこみず部長だよ」

（（（（うわ、ダサ……））））

「広報部部長なんだけど、水処理センターだから実際には広報部なんてないんだ。だから所属してるのはねこみず部長だけ」
　何が面白いのか、職員だけが一人笑う。地味なネズミ色の作業服を来た、ハゲ散らかしたおっさんキーホルダーが、上目遣いで４人それぞれの手中からこちらを見上げている。
「また、いつでも寝子水センに来ておくれ。ねこみず部長のキーホルダーもあげるからね」

「にゃーくんおまたせー」
　水処理センターの前でちんまり座って待っていたにゃーくんと合流する。
「にゃー」
「ほら、お土産だよ。首輪に今日だけ付けたげよう」
「……にゃー（うわ、ダサ……）」
　にゃーくんの毛が逆立つ。
「待っててくれたのに、罰ゲームとは災難ね」
　同情する能美子。
「うーん……猫に付けてもダサいね……」
　にゃーくんに睨まれ、少し反省の円。
「翡翠さん、私に代わらせてください。ありがとうございました」
「じゃあまたあたしはまた猫になってにゃーくんとお話するかな」
　翡翠から綾花へカメラが移動する。

　猫又川沿いに出て、出発地点の寝子島シーサイドタウンを歩き出す。
「だいぶレアな画像が撮れましたね」
　綾花が背後のカメラをポンポンと叩く。
「海鮮丼も美味しかったしねー」
　円が言うと、足元の猫２匹がゴロゴロ鳴いた。
「楽しかったよね、能美子ちゃん」
「うん……まあ、ね」言いよどむ能美子。「あの……桜庭さんは楽しかった？」
「うん、誘ってくれてほんとありがと。あと、円、って呼んでくれていいんだよ？」
　返事はなく、能美子は視線を逸らした。

　次第に空が橙へと変わる。
　３人と２匹の大小の影が、少しずつ伸びていった。