化野原に寄りて在る｜リアクション

化野原に寄りて在る

「結構明るいもんだな。もっと薄暗いのかと思ってたけど」
そうひとりごちながら、逆巻天野は落神神社の参道を歩いていた。
手には提灯が握られている。
その提灯は胴の中ほどからまるで口のように大きく破れ、青白く揺れる炎が灯っていた。
しかしよく見れば燭台部分にろうそくは刺さっておらず、炎はぽっかりと宙に浮かんでいる。
「意外と使えるんだな、提灯お化け」
そう、提灯お化けである。
寮で宿題を片付けていたところ、唐突に河原へ着の身着のままほっぽりだされた天野は、たまたま近くを列成してふわふわしていた提灯お化けを懐中電灯代わりに捕まえたのだった。
捕まえてみるとそれが土だの草だので出来ており、原理はよく分からないが明かりが灯っていることが分かった。
明らかに怪奇現象の類ではあるが、猫が喋るような島であるし、そもそも天野自身超常的な能力を得ていたため、あまり深く考えないことにしたのだ。
「こんな変な奴らがいるならぜひ観察したいところだけど、ペンしか持ってないんだよな……何か他に持ってなかったっけ」
天野は普段着にしている法衣の袂や懐をまさぐる。
すると、彼の指先にかさりと触れるものがある。
「おっ、……て札かぁ」
彼が袂から取り出したのは、自身で作った１枚のお札だった。
両面とも墨でびっしりと書き込みがしてあるため、メモ代わりには使えないだろう。
「まあお守り程度にはなるかな。仕方ない、なるべく憶えておいて帰ったら書きとめよう」
そう呟いて天野はお札をまた袂へしまった。

そうこうしているうちに天野は落神神社へと辿り着いた。
「なんか全然『妖怪』見かけなかったな……うわあ、なんか大変なことになってる」
神社の境内は見渡す限り雑草に覆い尽くされている。
桧皮葺の本殿屋根にも蔦が絡んでおり、神社というより単なる廃屋に見えた。
天野が草を踏み分けて本殿に上った頃には既に何箇所かを蚊に食われている。
ぷくりと腫れた首筋の虫刺されをぽりぽり掻きながら、天野は本殿の戸を開けた。
「ひっ」
すると部屋の奥から押し殺した悲鳴が短く上がった。
「ん？　誰かそこにいるのかい」
天野が提灯をさし上げて室内の闇を払うと、そこにはひとり、少女がうずくまっていた。
青白い灯りのせいもあるだろうが、少々顔色が悪い。
怯えた表情で天野を見るその目元は赤く、頬には涙の跡が残っていた。
「君は？」
「あ、あたし、は……」
「怯えなくて良いよ。僕は君の味方だから」
多分、と心の中で付け加える。
天野は床板を軋ませて少女のもとへと近づいた。
ちらりと眼の端に映るのは大量のろうそくの残骸。
部屋の中央には円く座布団を敷いてある。
（ふうん。なんとなく分かった）
「名前は？」
「あ、たし……草堂、鶴子……」
「じゃあ草堂、今外でなにが起きているのか、分かる？」
草堂は首を横に振った。
「あたし、友達と怖い話をしてたんです。ひとつ話したら１本ろうそくを消して、全部で１００話」
「百物語だね」
「……１００話目を終えたら、あ、あたしだったんですけど。戸が開いて、猫が喋って、急におっきな地震が来て、目が覚めたら独りで……もうわけがわからないんです」
「猫が喋った？」
「は、はい。あたしを見て『おまえだな』って。そしたら地震が来て」
「なるほどね」
（その適当な感じはきっとテオだな……じゃあ草堂はもれいびってことか。この『妖怪』どもが草堂のろっこんなのかな？）
天野は右手に掲げた提灯お化けにちらりと視線を投げかける。
そうしてひとつため息をついた。
「草堂、多分僕は君の欲しい説明をしてあげることが出来ると思うけど、聴くかい」
天野は少々面倒くさそうに尋ねた。
「お、お願いします……」
草堂は戸惑いながらも説明を頼んだのだった。