穴、穴、あなかしこ｜リアクション

穴、穴、あなかしこ

●穴も悪くないのねえ

　真辺伸幸は、下校をショートカットしようかなと校舎裏を歩いていて、点々と空いている穴に気づいた。
（１個くらいじゃどうってことないけど、こう何個もあると流石に気になるよねぇ）
「ぬー……？　あなー……ってにょー！！」
　そう呟いたら、視界がいきなり遠くなる。

「ぬー……？」
　傍目には相変わらずのんびりしていてわかりにくいが、結構びっくりして、辺りを見回すと、土。
　天井を見れば、
「青空ー……？」
（……どうやら穴の中らしいねぇ。
　やあ、出るにはちょっと深いかなぁってくらいの穴）
　よいしょ、と立ちあがって手を伸ばしたら微妙に頭が出るか出ないかくらいの穴。
「やあ、でも何で穴なんかって、にゅ……！」
　そう呟いた途端、穴はさらに深くなった。
（やあ、これは『あな』って喋らない方が賢明なのかなねぇ）
　お口にチャックして空を見上げた。
　まあるく切り取られた空は天然の丸い額縁を嵌めこんだ様で何だかいつもより綺麗に見えて。
「あれやあ、得した気分ー……」
　このまま流れる雲を見ているのも悪くないかもしれない。
　まあ、いざとなったら日陰った時にろっこんで帰ればいいし。
「それまでこの特等席でお空を眺めますかねぇ」
　穴の底三角座りで呟いた時。

「あのっ、大丈夫？」
　大葉雛子が穴の上から覗き込んだ。
　金髪のショートボブが可愛い小柄な少女だ。
　なんか色んな人が落っこちてることに気づき、
「助けてあげないとだめだよね！」
　と引き上げて回っていたのだ。
　引き上げられる人はお手伝いして引き上げたけど、あんまり深い人はどうしようか？
（ここはろっこん使ってみるべきかなぁ？
　といっても、初対面の人に使えるのかなこの力？）
　雛子のろっこんは、自分と対象が互いに好意を抱いている相手に対し互いに引き合うもの。
　一方的に打ち解けるのは得意と思っているが、相手もそう思ってくれるかはわからない。
「えっと、怖がらないでね！
あたし大葉雛子っていうの！　えへへ、宜しくねー♪」
　元気いっぱいの笑顔で話しかけてみる。
「あ、別に変な人とかじゃないよ！
助けてあげようと思ったんだけど……うまくいくか判らなくてね？
とりあえず、君に変な事しようとかは考えてないから警戒しないで欲しいの……ってなんか、このセリフがそもそも不審者かなぁ？」
（相手に良く思って貰うって難しいなぁ……）
　と悩む雛子だったが。
「あ……真辺伸幸だよ、よろしく……」
　伸幸は警戒の欠片も見せず、いつものようにへにゃりと笑った。
（あ、上手くいきそうかも……でも、上手くいったとして……）
　これって確かお互いに引き合う力だった気が……
　風もないのに、雛子の体が穴のほうに引き寄せられる。
「あ……あまり近づくと危ないのよう？」
　なぜか引っ張られるのを感じながら、伸幸が声をかける。
「ふ、ふんばれば……いいのかな！？
落ちたら元も子もないもんね！
ふぁいとー！　あたしー！」
　必死に踏ん張る雛子。
　おろおろしながら、少し浮き上がっていく伸幸。
　だがとても支えられる距離ではない。雛子の体がゆらりと揺れた……

「危ないよ、離れて！」
　その言葉と共に、雛子は背中側から抱えられ引っ張られた。
　天パの眼鏡少年……多喜勇生だった。
「あ、ありがと……」
「やあ、大葉さんは俺を助けようとしてくれたのよー」
「真辺ならちゃんと帰れるから放っておいて大丈夫だよ。のんびり空を眺めてたんじゃないの？」
　クールに天野が言い放つ。
「そうだったの……あたし、寂しいの苦手だから、考えもしなかった」
「ぬん。あまくんはお見通しなのねえ。でも、心配してくれてありがとね、大葉さん」
　穴の底からちょっと浮かんだまま、へにゃりと伸幸が笑う。
　そののんびりした声に、また穴に引っ張られそうになって、雛子は慌てて足を踏ん張った。
　
　雛子と勇生は、その後協力してあちこちの人を助けて回った。