贅沢な時間｜リアクション

贅沢な時間

　藍色の和風メイド服に身を包んだ檜扇唱華は、いつも通りに幅広い仕事をこなしていく。笑みを絶やさず、切れのある動きを方々で見せる。一つ結びにした長い髪は静かに躍動した。
　午前中の喧騒を乗り越えると星ヶ丘寮、全体が静かになった。今日は平日、大半の生徒は寝子島高校で学業に励んでいる。
　唱華はひっそりとした邸宅で尚も動く。掃除を終えた各部屋を巡る。見た目が綺麗であっても気を抜かない。
　片目を瞑って心の中で聞きたいと念じる。『声無き声』のろっこんを発動させて人工物との会話を実現した。
「皆様、掃除が行き届いていないところはございますか」
　壁に掛けられていた大型テレビが声を返す。
「僕の頭を拭いた時に落ちた埃が背中に入って、少し気持ち悪いんだけど」
「あらあら、それは大変に失礼しました」
　小走りで近づいてテレビと壁の接合部分に顔を寄せる。小指の先くらいの綿埃を見つけた。専用の刷毛で掻き出し、速やかに回収した。
「気分はいかがでしょうか」
「すっきりしたよ。ありがとう」
　テレビは上機嫌な声で言った。
「他に何か不都合はありませんか」
　唱華は全体に向かって聞いた。ないよ、と複数の声が重なって表情を緩めた。
　同じようにして部屋を回り、全ての人工物の不満を解消した。
　すっきりとした笑顔で軽い朝食を済ませた。手早く食器を洗って水気を取り、棚に戻す。
「さて、何をしましょうか」
　ろっこんを使って人工物にも聞いてみる。するとサンドイッチ等で活躍する、パン切り包丁が声を上げた。
「時間ができたら自分の部屋で服を作るって言ってたよ」
「ふふふ、そうでした。朝に届いたミシン油も忘れずに持っていきましょう。教えていただき、ありがとうございます」
「別にいいよ。楽しんできてね」
　唱華は声に向かって一礼した。ミシン油を手にすると弾むような足取りで二階に上がる。
　一階とは少し印象が変わった。アトリエとして使っている為、装飾や配色に独特なセンスが感じられた。
　唱華は一つの部屋のドアを開けて中に入る。独特な香りに包まれた。
　隅の棚には各種の生地が収められていた。鋏は十数種類に及ぶ。衣類に必要とされる素材や道具が万遍なく集められ、洋裁店に引けを取らない品揃えとなっていた。
「今日は裁縫室で妹のコスプレ衣装を作ります」
　うきうきとした様子で生地を選ぶ。クラフト紙に裁ちばさみ、待ち針が刺さった針山を抱えるようにして専用の机に運んだ。寸法が書かれた紙を引き出しから取り出し、笑顔で作業に入った。
　クラフト紙に定規を当てて線を引く。時にカーブ定規を使用した。
「いいですね」
　にこやかな顔で鋏を手に取って切り抜いた。完成した型紙は生地に置いて待ち針で留める。歪みがないかを目と手で調べた。
「問題ありません」
　型紙の通り、裁ちばさみで生地を裁断した。
「滑らかです」
　切断面に満足してミシンへと移る。手際よく糸を仕掛けて一気に縫い合わせた。出来栄えに目を細める。
「美しさを追求するのならフルスクラッチに限ります」
　机に戻って引き出しから肩章や勲章を取り出した。それらしく象った生地に金糸や銀糸の刺繍が入っていた。縫い合わせた生地の上に置いてバランスを見る。
「この位置が軍服らしく見えますね」
　立ち上がって全体を眺める。
「もう少し装飾を増やしましょうか。軍服に合わせたブーツを取り寄せないといけませんね」
　考えを纏めると唱華は嬉々として作業に戻っていった。

　時間を使い切った。
「最後はミシンの整備ですね」
　ミシン油を部分的に空いた穴から入れる。ろっこんを使ってミシンに具合を聞いてみた。
「いい感じだよ。あとは下糸のボビンのところもお願いね」
「わかりました。少しお待ちください」
　蓋の部分を開けてボビンを抜き取った。その一部に油を点して少し動かした。
「これで油が行き渡りました。いかがでしょうか」
「うん、これで大丈夫だよ」
「お疲れ様でした。またよろしくお願いします」
　丁寧な言葉遣いのあと、再びメイドの仕事に戻っていった。

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