＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）｜リアクション

＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）

●海は

　太陽が真上に昇る。
　反射した光を跳ね返す海は、青というより白銀色の鱗のようだ。
　北西方向から隊列を組む絶神船団と、鈴島の周囲を守る零神船団は、いよいよ近づきつつあった。
　高く低くとうねる波のまにまに、互いの舟の姿が目視できる距離である。
　本格的な交戦のときは近い。

　鬼の姿の御剣刀と、Leidenschaftのメンバーである鬼の如月庚、現時点では蝶の姿の屋敷野梢、人間大カワウソ姿の志波武道は、すっかり肚を固めていた。
　庚はこきこき、指を鳴らす。
「ののこが寝子島にきてからさんざ異変に巻き込まれて始めて随分と経ったが……なんの因果か神代まで来ちまった……まったく、退屈だけはした事が無い」
　蝶はパタパタ――（もっともですね）
「ほーんとに☆」
「まぁ、なんだ……結局のところ絶神も『俺達のフツウを壊す』んだろう？　だったら話は早ぇ……こっちもやる事は何時も通りだ。神だろうがなんだろうがブッ飛ばす」
　蝶はひらひら――（如月君かっこいい！）
「惚れちゃう☆」
　口調は軽いが気持ちはひとつ。
　武道は仲間にウィンクでエールを送る。
「庚くん、梢ちゃん、攻めは任せた！　俺はサポートに徹するから心置きなく暴れてきてな！」
　とっぷん。
　カワウソが波間に姿を消せば、梢＝蝶は空から。
　「いえっさー」の返事がわりに庚の頭上を一回り、上空高く舞い上がって品定め。
　絶神の舟の上でも、味方側同様、近づく交戦に備えて慌ただしく装備の確認をしたり、号令を掛け合ったりしているようだ。
（……こー言うときって、結構ふいうちに弱いですからね！　さて、武道先輩は、と……？）
　
　カワウソ＝武道はすいすい身をくねらせて、海中を泳ぎ、敵舟の下に潜り込む。
　艶めく薄茶色の毛並みが水をはじく。
　長い胴体と水掻きをもつ短い四肢はどちらも水の抵抗を少なくしてくれる。
（泳ぎは俺もカワウソも十八番だぜぃ！）
　カワウソも、狐や狸同様に化ける、という伝承もあるという。美女に化けて人をたぶらかしたり男を食い殺したりという伝承もあり、先ほど味方を説得する際に美女に変じることができたのもそのためであろう。
　武道はまたまた濡れ羽色した髪の美女に変じ、そーっと海面に顔を出した。
　舟に近づく。柄の長いスプーンみたいに海中に差してある舟の櫂を、そっと抜き取って、ポイチョ！
（進行速度を遅くすれば時間稼げるし、敵の船同士が渋滞してくれたらラッキーだしね。まずはひとつでも多くの船の進行手段を奪わなきゃな……）
　そのついでに、敵の船の戦力も確認する。
　鈴島に突っ込んでくるように菱形に隊列を組んだ木製の小舟。
　乗っているのは黒い衣の男たち。揃いの衣装から察するに、絶神信奉者の一派というところだろうか。
　指示をしているのは――、矢じりの先端にあたる最前の舟に乗る若い男だろうか。
　それと気になるのは一番後方の舟。黒塗りで佇まいが他の舟と違っている。
（あそこに絶神が……？）
　手ごわそうなその二つの舟を避け、周囲の戦力を削ぐこととする。
　見つからないよう……に、と舟に近づき、またひとつ櫂をつかんでは、ポイっとしようとして。
「あっ！　う、うわあ！　海から女が！」
　見つかった！！
「舟幽霊か！」
　手渡されたのは底抜けひしゃく。
「あ、底抜け杓はいらないでっす！　妖怪違いでっす！」
　水も汲めないひしゃくなんて、ノーサンキュー！　っていうか、隠れろ！
　海中に身を翻せば、舟上から「ば、化けイタチ！？」の声。
（カワウソでっす！）
　地味に傷つく。が、心の傷を乗り越えて、武道はあちらの舟、こちらの舟と櫂を捨てて回る。
「志波君」
　舟を鎮めるという舟幽霊、ではなく、海の民が航海の安全を願うという舟霊（ふなだま）に姿を変え、あたりを漂いながら偵察していた坂内梨香が鋭く叫んだ。
「そこから離れて！」
　海がまるで小山のように盛り上がる。
「うわ！」
　武道が避けた一瞬ののち、小山のようになった波は一気に雪崩れて津波めいた波を起こした。
「海入道よ！」
　海入道の波に乗って、鋭い牙を持つ口を大きく開けた怪魚の群れが押し寄せてくる。
　武道は慌てて回れ右！
「この海の化け物たちを何とかしないと、舟に近づけないってコトか！」
　だが、武道は知っている。
　この海中には、頼りになる仲間がいることを。
　海面近くを泳ぐ武道の白いカワウソのお腹の下、数メートルのところを、長い髪に煌めく鱗を持った人魚たちが尾をくねらせて泳いでゆくのを、武道は見た。