＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）｜リアクション

＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）

●九夜山、零神邂逅

　赤いチャイナ服の幽霊――円は、岩屋戸を封じる岩から、内側へ半身を突き出していた。
　きょろきょろ。
　岩屋戸の中を見回す。
「ん～～～～～～」
　暗い。
　目を凝らす。見えない。いないのだろうか？
「おじゃましまーす」
　するり。全身を岩屋戸の中に滑り込ませる。
　にゃー君がひらりと肩から飛び降りた。
　この暗がりの中では、室内よりも霊体のにゃー君の方が明るく見えるのだから不思議だ。
　にゃー君は、ここだよ、というように床の一点で立ち止まって円の方を振り返る。
「うわあ、いた！　寝てた！」
　岩屋戸内部のほぼ中央に、まるで日本神話に出てくる女神のような白っぽい衣裳を纏い、両手を組んで横たわっている。黒い髪、この面差し。
「ほへー。ののこちゃん風味っていうか、ののこちゃんだぁ……」
　そのほっぺたをつんつんしてみる。
　今は霊体だから、指先がすり抜けて頬っぺたの感触はわからないけれど。
「こんにちは、何かお悩みでも抱えてませんか？」
　起きない。
「どーして篭ってるんですか？」
　つんつん。
「こらー、起きろー」
　つんつんつん。
　身じろぎする。しかし起きない。
　こうなったらと肩を激しく揺さぶろうかと思ったが。
「だめだー物理的に接触できないじゃーん！」
　その時である。
　岩戸の外から、音楽が聞こえてきた。

　それはおそらくこの時代の人々は耳にしたこともないであろうピッチとリズム。
　真夏の海とビーチ、煌びやかな照明の当たるステージをイメージさせる、男性ツインボーカル。
「おーい、落神様！　歌だぞ。ご馳走もあるぞ！」
　呼びかける声は、楓。
　音楽は同行してくれた伏見真のミュージックプレイヤーから流れている。
　岩戸の前には、島民に頼んで準備して貰った果物やら料理やら。
「これでええんかなあ。たしかに岩戸に籠った神様は歌と踊りとご馳走で出てくるって定番かもしれへんけど」
　引っ張って来られた真は半信半疑である。

　しかし。
　良かったのだ、それで。
「ん……」
　岩屋戸の暗がりの中、零神がゆっくりと目を開ける。
　覚醒。直後に悲鳴。
　そりゃあそうだ、ぼうっと光る赤チャイナ服の幽霊が自分を食い入るように見つめていたのだから。
「あー、どーもどーも。驚くことはありません。ぼくはいい幽霊です」
「は、はあ……」
「貴女がどうして篭っているのかなーって思いましてね。ぼくねーむっかしひどい事ばっかりしてまして、成仏するために、人の悩みを解決して回っているんですよ。貴女のお悩みお聞きしますよ、神も人間も心は脆いもので、自分一人の中で閉じ込めて処理するのもいいけど、人に吐き出すだけでも楽になりますから！　大丈夫、幽霊の信義で他者にはお話いたしませぬ故！」
　などと、寝起きの神様にいってみる。
「そうですかー。それはそれはご丁寧にどうも……」
　神様は身を起こし暗がりの中で深々と三つ指ついてお辞儀をした。
　妙に礼儀正しい。
　現代の元気溌剌なののこを知っているだけに、ちょっぴり調子が狂う。
　これが、零神――ののことの、はじめての邂逅だった。