＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）｜リアクション

＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）

●親切な幽霊と妖たち

　うおーい、と、赤チャイナ服の幽霊が岩戸から半身を出す。
　そこには、楓と、真と、幾人かの島民たちがいた。
　島民たちはぎょっと仰け反ったが、楓と真はごく自然な素振りで、おう、やあ、と片手を挙げる。
「桜庭、中にいたのか。落神様の様子はどうだ？」
　楓の問いかけに円は親指を立てる。
「音楽ありがと。聞こえたよ！　外に出るって言ってる」
　ほっとしたような真と楓に、円は両手を合わせてお願いする。
「でさ、悪いんだけどみんなでこの岩動かしてくれないかなー。ぼくは通れるんだけど」
「出られないってか。どーやって入ったんだよ」
「知らないよー」
　そんなやりとりを、真は狐の面の下でくすくす笑ってみている。
「僕も霊体だから見学やね。応援がんばるわー」
　そんなわけで、島民たちと楓の手によって、岩の戸が動かされる。
　中から出てきたのは女神然とした、零神ののこ。
　楓は思わず息を呑む。
　そして視線はすぐに、その腹部を染める赤黒い染みへ。
「怪我をしているのか」
「これでもずいぶんよくなったんだ」
　寝子暦1370年のののこを彷彿とさせるその言葉遣い。けれども、寝子高生ののこより、いくぶん神めいていると言ったらいいだろうか……落ち着いているように感じる部分もある。
　楓が目配せすると、真がすっと姿を消す。なぎさを呼びに行ったのだ。
「絶神にやられたのか？」
「たぶん……でも、なんだか記憶も曖昧だし、私どうしてたのかなあ」
　天での零神対絶神の戦い。その末に、二柱は落ちてきたのだったか。
　零神ののこは、血のこびり付いた腹をさする。
「痛いのか？」
「痛いっていうより、おなかすいた」
　お腹、すいたのかよ！　どこの麦わら海賊だよ！
　まあいい。
「好きなだけ食えよ」
「うんっ！」
　元気よく頷く仕草は、良く知った寝子高生のののこを彷彿とさせる。
　百年ぶりの食事、とでも言わんばかりにご馳走にありつく零神ののこ。
　満腹になったころ、青のコートを羽織ってメディカルバックを手にしたフェアリー音海なぎさが到着する。
「けが人って聞いたけど……わあ、野々くん！？」
「大昔の、な」
　楓が補足。
　こうして零神ののこはなぎさの診察と治療を受けることとなる。

◇

　零神ののこの腹の傷痕を消毒し、円の手も借りて包帯を巻き、なぎさはふうと額をぬぐう。
「たぶん大丈夫。食欲もあるみたいだし、精の付くものを食べるといいよ」
　本人が言うように、傷はほどんと塞がっているらしい。
　治療を待つ間休息を取る楓の傍に、円が近づいてきて腰を掛けた。
「零神、怪我してたんだね。回復するまで絶神に見つからないように隠れてたっぽい。いやー、てっきり働いたら負け的な感じで引きこもってのかなーとか思ってさー。『やりたい事があるけど、出来ないから籠って諦めようとしてるのなら、やってみて後悔したほうがよくない？』とか励ましちゃったよー」
「いいんじゃないか？」
　楓は目をつむったまま答える。
「俺はこれも史実通りの戦いの一部だと思ってるし、桜庭の問いもあながち的外れじゃないと思ってる」
「どういうこと？」
「かつての島民たちが、零神の願いを聞いた事を、俺達は知っている」

　　『昔々、寝子島に神様が落ちてきて、
　　　この世に混沌が溢れ、
　　　さいごに海を見たいという神様の願いを叶えたら
　　　混沌はおさまって神様も去っていった』

「これが、現在起こっている戦いの結末で1370年の俺達と絶神が知っている最後の仕上げでもあるならば、」

　――聞いてみようぜ、零神の願い。

　楓はそう言って口の端をあげた。