＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）｜リアクション

＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）

●稲妻と咆哮

　寝子暦ゼロ年。神々の戦いの末、零神――ののことともに、寝子島に落ちた、もう一柱の落神。
　絶神（たちがみ）。
　ののこの影から生まれたという狼神の姿を、寝子暦1370年の若者たちは今、とうとう、目の当たりにした。
（あれが――絶神）
　海から顔を出したカワウソ＝志波武道は、その存在感に圧倒され、背筋がぞくり震えるのを感じた。
　空は昏かった。
　夜が訪れたためなのか、雲が厚すぎるせいなのか、一目では分からなかった。
　走る稲光。
　赤黒くひび割れる空を背に。
　それは闇を集めて狼の形にこねなおしたようだった。
　――ちょうど、天から現れた幾千羽もの烏が巨大な手に見えたように。

グォォォォォォ！！！

　再度の咆哮。
　絶神の身体から流星のように黒い何かが放たれ、クロードや、絶神船団の漕ぎ手たちを撃ち抜いていく。
「絶神様……」
「力が、戻る……！」
　心の＜人間惨禍＞の呪縛が解かれる絶神の水夫たち。
　これが何を意味するか、武道にはわかった。
「絶神が、神魂を分け与えた……この瞬間、クロードたちはもれいびになったんだな」

　ずずん！

　恐れなど知らぬと、蝶の屋敷野梢がろっこんを解き、アクマズウォールとなって絶神の乗る最後尾の舟の左舷側の舟を真っ二つにつぶす。
「私が最前線……ならろっこんを暴走させても差し支えないですよね！」
　四十九院先生から貰い受けた苺のシールに念じ、暴走！
　普段なら変化させられない海の水を一面の蝶の群れに変え、それを敵船の上で解除！
　バケツをひっくり返したような、などという比喩では生ぬるい、瀑布のような水で沈没させる！
　そこに自分も落ちるのだから、相手はひとたまりもない。
「前線を上げる、それが私の仕事でーす！」

「梢ちゃん、マジぱねぇ！！　あ、庚くん！　そっちの船は櫂ポイチョしたから動けないはずだよー！」

　大きくうねる波を乗り越え、武道が海から顔を出す。
「了解ですよー」
「志波先輩、ありがてぇ」
　手を振り応える武道。
（うーん、あの二人心強いなぁ……敵にしたらすごく恐ろしそうだてへ！）
　それから目の前、ぐったりと波に揺られる黒衣の男を見る。海に落ちたクロード。先ほど黒き光に打たれて、おそらく絶神のもれいびになったのであろう、不死を願う男。
（……なんというか……未来の改編阻止のため動いてるんだよな俺たち）
　なら、と武道は思う。
　ここでクロードさんの心境をかえたら、零神の像盗難とか、なかったことになるのか？
　けれど、そしたらユチェンくん達との出会いや、この件で見知った事が全て無くなる危険もあるか。
　――今、この過去において、自分はどうする？
　選ぶ。
　武道は静かにクロードの首筋に手刀を打ち込み、＜スイ・マー＞で体を麻痺させた。
「殺したりはしない。けど今この戦いの邪魔もされたくないんだ。だから、ごめん、眠ってて」
　クロードの衣服でクロード自身を縛り上げ、浮いていた板切れの上に運び上げる。
　梢によって破壊された舟の欠片だろう。
　もしかしたらクロードは、ここで命を落とす方が幸せなのかもしれない。
　そんなことを思ったりもする。
「クロードさんには酷な未来が待ち受けてる事になるけど……すまない。俺たちのフツウの為に、必要以上の阻止はしないでおこう」
　そう囁き、武道はその場を離れた。

　一方、梢が上げた前線を追うように、沈みゆく舟の一部をへし折って足場を作り次の船へ飛び移ことを繰り返しながら、絶神の近くまで渡ってきた青鬼＝如月庚は、行く手に膨らむ黒い狼の影を見上げ、ニヒルに笑う。
「過去への干渉……もれいび化……絶神さんよ、いかにも『神サマ』って感じの所業だなオイ」
　真っ青な角の根元、眉間を裂く一筋の傷あとを、なぞる。
　＜青にして蒼穹＞を発動。右腕が蒼く輝く。
「けどまぁ……なんだ……」
　さらにもう一度なぞり！　進化能力で超人的な身体能力を得る！
　その上で、四十九院先生から受け取ってあった苺を口に。
「俺たちにとっちゃ過去ってのは絶対に覆せないものだ。負けは負けとして残るし、やっちまった事は後悔として残る、去っちまった奴はここには今いねぇし、死んだ奴は生き返らねぇ」
　ろっこん、進化能力発動させ、更に暴走を上乗せる。
　鬼と化した張り詰めた皮膚に、魔術回路のような蒼く輝く線が走り、神魂の力が全身に漲る！

「だから、今回も乗り越える。お前を倒してな！」