＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）｜リアクション

＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）

●零神船団 VS 絶神船団・１

「くそ面白れぇくらい荒れてきやがった」
　鬼＝如月庚は、雨粒を顔面で受けながらニヤリと口の端を上げる。
「さて。……行くぞ。……どうせ狙うなら大将首だ」
　了解、とばかりに蝶＝屋敷野梢が雨粒を縫って庚の後ろから飛び立った。
　絶神船団のいくつかは、カワウソ武道の櫂ポイチョ作戦によって操船できなくなり、隊列からはぐれて荒れた波間に木の葉のように漂っている。また別の舟は、さきほど修によって空中に巻き上げられていまや海岸でクローネの重しだ。
　残りは７隻程度。
　もっとも船足が早いのは先頭の舟だ。
（まず最初の犠牲になる船は……まずは先頭でしょーか）
　その舳先にはこの嵐、この荒波にも拘らず黒衣の男が仁王立ちしている。
（あの人……あの眼鏡に糸目……クロードですか。あー……一途すぎるんですよね、嫌いじゃないですが）
　容赦する気は、さらさらない。

　絶神舟の先端と零神舟の先端が、充分に近づいたタイミングを見計らい庚は絶神舟に飛び移った。
「来ましたね、鬼よ」
「おうよ……懐かしいなクロード」
「妖どもに知り合いなぞいませんよ」
「今は、な。まあ……今の俺らの狙いは、テメェじゃあねえ、……が。馬鹿みてぇに無策で飛び込んできたと思ったか？」
　
　庚は頭上の蝶を見上げ、指を鳴らした。

「アクマズウォールだッ！！」

　梢＝蝶は、クロードの乗る舟の真上まで来ると、ろっこんを解除した！
　その途端何が起こったかお察しいただけるだろうか。
　梢のこの世界での姿は、巨大な石壁！
　それが突然空中に現れたら。
　そのまま落下するしかない！

「どんな船も、空から降る超重量を受けて平気ではありませんよね！　アクマズウォールの登場です！」

　轟音を立て、アクマズウォールは木造船のど真ん中に落下した。
「梢ちゃんぱねぇ！！」
　海の中から顔を出していた武道が、思わずぴゅうと口笛を吹く。
　梢は落下しながら、
「落下のグラグラに耐える人がいたら、すごいですねー！　でも轢かれるか、海に落ちるか……選んでくださいねー」
　なんて口にしていたが、絶神舟の乗員たちに何かを選ぶような余裕などまるでなかった。
　何しろ、舟は梢落下の一撃で真っ二つに折れ、沈み始めたからである。
「石壁が降ってくる、ですって！？」
　クロードは咄嗟に、近くの舟に飛び移る。庚はクロードとは逆側の舟に。
　水夫たちも一部は同じように逃れたが、飛び移れなかった水夫たちは次々に海に飛び込んだ。しかし荒れた波は泳ぐのには適しているとは言えない。あっという間に波にのまれ、溺れてゆく。
　いや。
　溺れてはいない。
　カワウソ＝武道が、口に加え次々と零神船の上へ担ぎ上げ、助けている。
「救助後にろっこんで麻痺らせ、その人の服で縛っとくけどね」
　それでも命までは奪わない。武道らしい矜持だ。
　後方の舟から石壁＝梢に向かって矢が飛んできた。
　もちろん傷つくことなどありえないが。
「壁とはいえあまり攻撃されるのも気持ちがいいものじゃないので、見える範囲の武器はろっこんで蝶にかえちゃいます！」
　梢は後方の舟をひと睨み。弓を蝶に変えてしまう。
「さーて。このままじゃ私も沈んじゃいますね。あまり長居してもあれなので、別の船を狙いましょーか」
　私の姿が見えない間は、いつどこに降るかわからない恐怖を植え付けちゃいましょ、という心理作戦も込みで、蝶は高く舞い上がろうとする。
　しかし雨はざんざんと強くなり、視界は一層悪くなってきた。
（うーむ。私の華麗な蝶の羽根で雨粒と風の中を渡っていくのは難儀ですね）
　見止めた庚の背中にようよう掴まってしばらく待つ。
　そのうちに雨足は弱まってきたものの、代わりにあたりは異様に濃い海霧に包まれはじめた。