＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）｜リアクション

＜零神探訪＞ぬばたまの絶対零秘史（ブラック・ヒストリア）

●雨、アメ、嵐

　クローネという指揮官を失った烏の群れは、秩序もなく統制もなくまさに烏合の衆と呼ぶにふさわしかった。
　それでいて秩序を失ったからこその厄介さを備えてもいた。
　もはやその数は、数百程度に激減していたが、烏たちは攻撃的な黒い塊となって滅多矢鱈と突っ込んでくる。
　ブリジット・アーチャーは、無鉄砲に突っ込んでくる烏に猫又姿の尖った爪を一閃。
「手負いの獣って体ね」
　人間のときより強靭になったふくらはぎのばねの力で跳びあがり、襲い掛かってきた烏の一羽を蹴り飛ばす。さらに返す刀で二又の尾を振い、蝿を打ち落とすかのように二羽同時のはたき落とし。
　空中ではユチェンやサキリが飛び回って刃を振い、残党を蹴散らしている。
「くそ……もう少し、なのに」
　ユチェンはナイフを握ったままの手で、額の汗をぬぐう。
　その鷹の翼は烏に啄まれ、本来の艶を失って飛びづらくなっていた。
　ナイフももう、キレが悪い。それでも烏を味方に近づけるわけにはいかないと、懸命に振るう。
　そんなときであった。
　空へ駆けあがるようなアップテンポの曲が聞こえた。
　風の中をステップを踏んで絡みあうような、男性ツインボーカルの曲だ。
　ユチェンははっと思い当たった。
「真さんが言ってた音楽だ」
　ユチェンは烏の残党へ振るっていたナイフの手を止め、音楽に耳を傾けた。
　自分をよく気にかけてくれる伏見真の、たおやかで芯のある笑みが目に浮かぶ。
　ネコフェスのあの日、煌びやかなステージをふたり並び見ていたとき、言っていたっけ。
　これは自分が作った曲だと。
　AメロからBメロ、サビへと徐々に嵐のように激しくなる曲。
　雨が、ぽつりぽつりと降り出してくる。
　ああそうだ。
　彼は言っていなかったか。
　『音楽が聞こえたらなるべく建物に入るか僕に寄らんようにね』と。
　見渡せばうっすらと透き通った幽体姿の真は、ユチェンからやや離れた空中にいた。

「天気、荒れるから気ぃ付けてね」

　狐面から覗く唇が、そんな言葉を紡いだような気がする。

　真は、四十九院先生にもらった苺をぱくっと口に入れるや、自分の手の甲に口付けて＜狐に嫁入り＞を発動させる。本来であれば、自身の周囲に一時的に雨を降らせるろっこんだが。

「激しい雨を烏も飛べへんなるくらい強い雨を降らせよか」

　暴走させる！
　降る雨は、真の周囲という狭い範囲を超えて、鈴島近海の海域全体に。
　その強さは、小雨や篠突く雨という範囲を超えて、どんどん強く、嵐の様相。
「真さん！」
「ああ、ユチェン君。無事やった？」
「真さんこそ」
「ふふ、物理がきけへんの。こんな時にも役に立つんやなぁ。ちっとも冷たくあらへんわ。いうてそんなに長くはもてへんからホンマに一時しのぎやけど、烏たちは羽根が濡れてもう飛ばれへんやろ」
「オレも、もう、限界」
　真はユチェンの破けた羽根に気付いた。彼ももう、飛べそうにない。
「ユチェン君も、ぼろぼろやん。建物にはよ隠れて。なぎさ君に傷の手当て、してもらお」
　