さーさーさらさらさくさくさ。｜リアクション

さーさーさらさらさくさくさ。

◆胸の痛みは、チクチクと。

「お菓子をぜんぶ出せ！　ぜんぶぜんぶぼくのものなんだ！」

　ヒステリック気味に喜好が叫んだ。
　今までの駄々っ子のような姿とも、素直にお菓子を食べていた姿とも似ても似つかないような、悲痛な叫び。

「えと、まずはさ、お菓子さ食べて落ち着かないかな」

　澪乃は自分のテーブルからプリンを取って、喜好に走り寄る。

「さっきもイートインで食べてたみたいだけど、これくらいならまだ食べれるっしょ？」

　近くに来てからはその歩みをゆっくりとしたものに変え、プリンをさし出した。

「美味しいものを食べるって幸せだよね。でも、それを無理矢理持っていこうとするのは不幸せなことなんじゃないかな。ね、そこまでしてお菓子が欲しいのかな。そんなことしたらきっと、キミのお父さんもお母さんも悲しいよ。だからお菓子を奪うんじゃなくて、分け合ったらどうかな」

　思いついた言葉を並べ、精一杯の笑顔を見せる。

「ほら、あたしはキミにお菓子を分けてあげるよ。幸せのお裾分け、だね」

　ぱくり。
　反射的に喜好はそのプリンを口にし、ポツポツと何かを話す。
　今まではそうだった。
　今回はそうではなかった。
　プリンを奪い取ろうと引っ張り出した。
　しかし小学生の力ではどうにもならない。

「抵抗はしないほうがいいよ」

　逆巻は抱え込む北原にゴム鉄砲を突きつけ、見せつける。
　澪乃の腕は力をなくしたように、ぶらりと落ちた。
　喜好の顔を見る。

（どうして）

　無事にお菓子を得たというのに、澪乃には少年は泣いているように見えた。
　ただ幸せを分けてあげたかっただけなのに。　

「泣かないで……」

　澪乃は喜好をギュッと抱きしめる。
　喜好は震える声で、澪乃にだけ聞こえるように話し、プリンを澪乃に返した。

（澪乃センパイ……？）

　騒動を眺めていた六月一日宮檸檬は澪乃の存在に気がついた。
　チクリと胸が痛む。
　その痛みの正体を考えることもなく、その腕に抱かれた少年に近づいた。

「強盗にしては可愛いよなー」

　泣き出しそうな喜好にも、それに感化された澪乃にも気がつかずに、わしゃわしゃと頭を撫でて……。
　撫でてから気がつく。

（あれ、なんか）　

　気がついたが、かき消される。　

（ってうわ、なんか急に誰かにあーんしたくなった）

　酒が体に染み込んでいくように六月一日宮の他の思考が麻痺していく。
　喜好を澪乃から引き剥がし、澪乃の顎をクイっと持ち上げる。
　レモンゼリーをすくい、口をわり、流し込んだ。

「れ、檸檬くん？」
「俺のレモンゼリー、食えないの？」

　腰に響くような低音ボイス。

「どうしたの急に」
「……仕方ないな」

　澪乃は顔を背けようとするが、六月一日宮はそれを許さない。
　抵抗を見せた澪乃を見て、スっと目を細める。
　自分の口にレモンゼリーを含み、咀嚼し、澪乃の顔に近づいていく。

「檸檬くん、やめ」

　澪乃の唇に湿った吐息を感じる。
　唇が触れる。
　寸前で。澪乃は自分のプリンを六月一日宮の口に押し込んだ。

「セ、センパイ！」

　我に返ったように六月一日宮が慌てて、困惑して、プリンを飲み込む。

「ウマイ、っす」

　レモンゼリーとの相性は最悪だろう。
　嬉しそうに、恥ずかしそうに微笑む。
　その笑顔に澪乃は安心した。

（いつもの、檸檬くんだ）

　それでも心臓がバクバクと己の主張をやめない。
　
（……息が熱かった）

　ドクン。
　大きく脈打つ。
　さきの六月一日宮を思い出すとどうにも落ち着かない澪乃だった。
　彼も同じように落ち着かないことを彼女は知らない。

（それにしても何でみんな『あーん』してるの？）

　海神は冷静に周りを見ている。
　
（恥ずかしくないのかな……）

　純粋な疑問に答えはない。
　少年を視線で追った。