さーさーさらさらさくさくさ。｜リアクション

さーさーさらさらさくさくさ。

◆嵐は突然、ばくばくと。

　ナタリア・シシロヴァは目的があった。
　目的を果たすために、あるところを目指し歩いていた。
　彼女にはこの程度の小雨を気に止める理由は全くなかった。
　ピタリと止まる。
　目的地についたのだ。
　しかし、止まった原因はそこにはない。
　目的地のすぐ手前で男女が睦まじく――もとい、いちゃついており、妨げになっている。
　ところが、そんなことも彼女は興味がなかった。
　彼女の足を止めたのは――。

（ＣＬＯＳＥ？）

　定休日でもないのに、『Raton』が閉まっているという事実だった。
　手頃な価格で美味な洋菓子を出す店だという噂を聞き、やってきたというのになんということだろうか。
　よくよく感覚を研ぎ澄ましてみると、店内からは幾人もの気配がし、話し声もする。
　障害になっているカップル、御剣と小山内もその店から出てきただろうことが窺えた。

（かけ間違えか）

　一人で納得すると、二人の存在を無視し、また気づかれない間にすぅっと店の中に入っていった。

「ガトーショコラにふわとろプリン、さらにこのケーキとあのケーキ、これとこれを持ち帰りで、別に包んで下さい」

　大量の菓子がカウンターに用意されていることに反応せず、ショーケースを流し見て、無駄なく注文をする。

「それはぼくのだ！」

　荒井や知吹が駆けつける前に、少年が声を荒げた。
　水鉄砲を構える。
　ナタリアはつまらなさそうな顔をして、同じ言葉を繰り返す。
　荒井は少年の様子を気にしながらナタリアのケーキを準備し、ナタリアは空いている席に座る。
　少年が引き金を引こうとした瞬間。
　桜庭が人懐っこい笑みを浮かべ、少年の前にしゃがみこむ。
　その手にはプラスチックスプーン。
　持ち帰り用に買ったプリンは近くのテーブルに置かせてもらい、そこからひとすくい。少年の口に突っ込んだ。

「そこのキミ。全部持って行っても一人じゃ食べきれないよ！　これ、あげるから、その辺にしとこ？」

　パクリ。
　反射的にかじりついてしまった少年はバツが悪そうに顔を背ける。

「これでも足りない？」
「足りない！」

　即答。
　肩すかしをくらうも桜庭はめげない。

「ボクは桜庭円、お名前は？」
「……甘」
「カンくん？」
「甘喜好」
「キヨシくんね」

　桜庭が思った以上に素直に名乗った少年、喜好の頭を撫でる。
　照れくさそうに首をすくめる彼はどこから見ても普通の男の子に見えた。

「ちゃんとお名前言えたねー！　偉いぞ。ぷりんどーって、あれ？」

　桜庭はご褒美に喜好にプリンをあげようと思ってはいた。
　なので手が動くこと自体は自然なこと。
　ところが二回。三回。……十回。
　不自然な勢いで彼の口にプリンを運んでしまう。彼は当たり前のようにすぐさま飲み込む。

（あげようとは思ってたけど、なんだろう、そうじゃなくて。あーもっと食べさせたいっ！）

　食べさせたい。いや、でもそんなに食べさせたいわけじゃない。
　彼女の中の葛藤をよそに、手が、スプーンが、プリン食べさせ続ける。　
　プリンが一つ空になって、ようやくその衝動は引いていった。

（頭を、触ったらダメなの、もうぜったい触んないぞ）

　固く誓いを立ててから、強引に笑顔を作り上げる。
　喜好の目を見る。
　砂糖が溶けていくように喜好の桜庭に対する警戒が溶けていったことを確信した。

「お菓子が足りないって。誰かに、あげたいの？」
「ママ」

　予想の範囲内の言葉に頷きながら、より深く考えてみた。

（ママか。でもこの子が自発的にやってるみたいだし、ふむ）

　つまりママに食べさせたいのか。
　答えに近づいたと桜庭はほくそ笑む。
　人差し指をピンと立てて、次の問いかけをする。

「キミにとって、お菓子ってどんな物？」
「しあわせにしてくれるもの」
（幸せ、か……）
「ママって、何かに困ってるのかな？」
「……ママはいつも困ってる」

　近づいたと思った距離がまた離れた。
　それとも、錯覚だったのだろうか。
　コツンとこめかみを小突く。
　自分まで距離を作ってはいけない。
　弱腰になる自身に喝を入れ、言葉を絶やさないようにした。　

「何に困ってるの？　それともお母さんが大好きなだけ？　それなら、お母さんの目の前で大好きって、言ってごらん。きっとお菓子以上に喜んで貰えるよ」
「お菓子じゃなきゃダメなんだ！」

　泣いているのか怒っているのか。
　彼の表情からは読み取れない。
　今までの可愛らしい様子から一転。喜好は桜庭をキッと睨みつけると。やみくもに水鉄砲を撃ち放った。

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さーさーさらさらさくさくさ。

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