ふしぎ超特急『七ッ星』、しゅっぱつしんこー！｜リアクション

ふしぎ超特急『七ッ星』、しゅっぱつしんこー！

★光

　まったくの闇。混じりけのない闇。
　肌を撫でる冷気だけ感じている。
「……」
　このような状況にあって、暦は不思議と落ち着いていた。
　恐れとか、そういったネガティブなものはなかった。
　むしろこの闇の優しさに、しばし甘えていたいとすら思ったほどだ。
「おや~？」
　のどかな声で伸幸がつぶやく。
「なんか、見えてきたのよー」
　何が？　と英二が訊くよりはやく、この場にいる全員の視界に飛び込んできた。

　蝶だ。

　ただしくは、蝶の影だろうか。
　といっても黒い影ではなく、青白くひかり透きとおる影だった。ほのかに、縁（ふち）に緋がまじっている。
　光の蝶は窓から入ってきた。
　冬華は月に身を寄せる。昆虫は苦手だ。
　逆に暦は、手をさしのべてその翅（はね）に触れようとする。
「綺麗ですね」
　されど暦の指先から逃れるようにして、蝶は入ってきたのとは反対側の窓から外へ出て行ったのである。
　間もなく、また別の光が近づいてきた。
　猫が一匹、しゃなりしゃなりと歩いてくる。鉄道員の制服を着て、二足で歩行している。小さいけれど立派な乗務員なのだ。手にランタンを持っていた。
　ゴ迷惑ヲオ掛ケシテオリマス、と猫は言った。
　道に迷ったとのことである。
「鉄道が道に迷うものなのか？」
　月はごく当然のことをつぶやくも、かく言う自分が、『七ッ星』ならありえることだろうと理解してもいる。
「それで、停車して確認しているというわけですか」
　冬華はうなずいて、月の肩を抱いて暖めるようにさすった。
　ついでに鉄道員たちは機関部の点検もしているという。半刻ほど停車時間をとるそうだ。
「だったらちょっと、昼寝休憩にしちゃってもいいねぇ」
　なにげなく告げたとき、伸幸の服装は制服からたちまち薄緑のパジャマに替わっている。
「そうそう、サービスいいじゃない。ちょうどいい感じなのよー」
　手にはふかふかの枕、頭にはナイトキャップ、ここまであつらえてもらっては寝るほかないと、さっそく伸幸はシートに転がって目を閉じた。いつの間にか毛布まで、お腹にかかっているという至れり尽くせりっぷりだ。
　私もそうしようかなあと言いかけたものの、ののこは、
「あっ、英二君見て、外……」
　指で英二の肩をつつく。
「うん」
　英二は大きくうなずいた。
「明るくなったよね」
　闇が晴れている。照らし出されているのだ。
　列車にともった前照灯に。
　これを浴び紫色の輝きで応じる不思議なキノコに。
　まるで迎えに来たかのように、ゆらゆらひらひら飛来するたくさんの光の蝶に。
　おかげでこの場所が、高い天井と幅をもつ洞窟内であることもわかった。湿り気と涼しさのもとはこれかと英二は思う。
「運転再開するまで、どうせ暇だし」
　少し出てみないか、と月は言う。
「え？　ええ……」
　冬華はいささか気乗りではない様子だが、頼るように月に手を握られては、嫌と言えるはずはない。
「面白そうですね」
　暦はスケッチブックを小脇に抱えていた。光るキノコに光る蝶、観察したいものに事欠くことはないだろう。
　伸幸の返事はなく、かわりに穏やかな寝息が聞こえてきた。