【ネコミケ】熱い一日の最後は星空で｜リアクション

【ネコミケ】熱い一日の最後は星空で

　響タルトは同人誌を抱えて長机の一隅に積み上げた。マーガレット・ライカーは手早く同人誌を並べていく。
「チェシャ先生、このような配置にしました。いかがでしょうか」
「うん、悪くないよ。まだ時間があるから、ちょっと着替えてくるね」
「私が店番をしています。人がくれば売り子としてがんばります」

　マーガレットは椅子に座った。銀髪のツインテールの巻き具合を指先で確かめて背筋を伸ばす。
「そんなに長くはかからないよ。ネコミケって人がすごいからね。本当は新作のシナリオを担当してくれたエリザベスちゃんにも来て欲しかったんだけど、なんか忙しいみたいで。それとも僕が余計なことを言っちゃったのかな」
　タルトは力ない笑みを浮かべた。
「そんなことはありません。チェシャ先生の同人誌が完売することを望んでいます」
「もしかして連絡が取れたの？」
「いえ、そのような気がしたもので。それより先生、急がれた方がいいのではないでしょうか」
　マーガレットはスマートフォンの時間を見せた。タルトは慌てた様子で走っていった。
「……そのエリザベスが私です」
　マーガレットは並べられた同人誌を手に取った。頁を捲って出来栄えを確かめる。
　――ネットではエリザベスのＰＮでＢＬやＧＬの小説を公開していますが、ここでは秘密です。今日は学校の先輩に頼まれて、手伝いにきた売り子としてがんばります。
　読んでいた同人誌を閉じて元に戻す。
　大きく伸びをした。小さく肩を回す。腰を左右に捻って身体を解した。
「お待たせ！」
「先生、早いです」
「コスプレに慣れてるからね！」
　タルトは売り物の一冊を手にして適当に開いた。

　白いワンピースが幼さを強調する。猫の耳と胸に巻いた物をひらひらと揺らし、それでいてＢＬを心から楽しむような表情を浮かべていた。
「とてもシュールです」
「ん、マガレちゃん、何か言った？」
「本の出来が素晴らしいと、つい口にしてしまいました」
「そう、そう思うよね！　大人気の『お城男子』の二次創作だから、ファンの食い付きも違うと思うんだよねー。マガレちゃんはエディンバラ様が好みなんだよね？」
　タルトはわくわくするような顔で聞いてきた。
「そうです。日本のお城の擬人化もいいのですが、西洋も捨て難いです。気品に溢れた姿で紅茶をたしなむエディンバラ様の一場面がたまりません。イギリス万歳です」
「わかるよ、その気持ち！　今回は江戸と大阪系で攻めてるけど、僕のオススメは鶴ヶ城！　次作には二本松城や福島城との絡みもいいなーって思ってるんだよね」
「チェシャ先生、さすがです」
　二人の会話は間もなく途切れた。他のサークルと同様に押し寄せる人々の波に呑まれた。
「これ、ください！」
「この『お城男子』を二冊で！」
「少しお待ちください」
　マーガレットは落ち着いた口調で手を速めた。隣にいたタルトはのんびりとスケッチブックに絵を描いていた。
「サインはサービスだよ」
「あの、先生。よろしいですか」
「ん、マガレちゃん、どうかしたの？」
　タルトは笑顔で振り向く。マーガレットはお釣りを渡しながら横目で言った。
「私の方が忙しいように見えるのですが」
「宣伝の効果じゃないかな！　ねこったーで『売り子さんは銀髪美少女だよ！　みんな、会いに来てね☆』って呟いたからね！」
「理解しました」
　マーガレットは犬歯を見せて笑った。新刊に群がる人々には微笑んで可能な限りの速さで売り捌いていく。
「チェシャ先生、新刊を買いました。スケブをお願いします」
「僕は三冊、買いました。濃厚な絡み希望です」
「五冊買うのでスケブとサインをください！」
「みんな、ありがとう！　少し時間を貰うね！」
　マーガレットの活躍はタルトにも影響を与えた。次々と差し出されるスケッチブックに笑顔で奮闘した。