【ネコミケ】熱い一日の最後は星空で｜リアクション

【ネコミケ】熱い一日の最後は星空で

　同人サークル『ＷＨＦＯ』の面々は持ち場に付いた。同人誌の補充は後方に控えたサークルメンバーが行う。
　主宰である斉田珠喪は椅子に座っていた。売り子の役を買って出た。その隣には友人が目を剥いた状態で深呼吸をしている。
「助っ人を頼んでおいて、このようなことをいうのもなんじゃが、大丈夫かのう」
「ま、任せてよ！　笑顔と体力には自信があるから！」
「うむ、任せたぞよ」
　珠喪は長テーブルに目を向けた。客の目の付き易いところに『天想マリア』と『Alchemy短編集』の最新刊を並べて置いた。
「なんじゃ？　地鳴り、ではないようじゃな。凄まじいのう」
　狂喜に支配された人々が押し寄せる。拡声器で自制を促すが耳に入っていないようだった。
「新刊、ください！」
「こっちも新刊！」
「天狐様、握手して！」
「落ち着くのじゃ。どちらも新刊なのじゃが」
　詰め掛ける人々の勢いで長テーブルが動き始めた。サークルメンバーが素早く動いて押し返す。
「両方ください！」
「マリアを三冊、一冊に天狐様のサインください！　おまけの握手も！」
「これで買えるだけ！」
　数枚の千円札を握り締めた状態で突き出す。
「慌てなくとも、手に入るぞよ。兎に角、順番を守るのじゃ」
　言いながら珠喪は横目をやる。友人は耳朶を赤くして新刊本を渡していた。その冊数は凄まじく、釣り銭の間違いを指摘されて半ばパニックに陥っていた。
　珠喪は軽く息を吐いた。倍の速さで手を動かした。求められれば新刊本にサインを書き添えた。握手もした。差し出されたスケッチブックには自作のキャラクターを描く。
「そなたは新刊本を買っておらぬ。スケブを要求するのは非常識であろう」
　非常識な相手をやんわりと窘める。
「急ぎ過ぎました。短編集の新刊を買わせていただきます！　あのー、描いて貰えるでしょうか」
「もちろんじゃ」
　差し出されたスケッチブックに要望されたマリアを描いた。
「あ、あの、これ、どんな話なの？」
　人々の間に挟まった男の子が懸命に指差す。
「これかのう。オムニバス形式では、わからぬか」
「わからない。タコが出る？」
「それはオクトパスじゃのう。完結した不思議な話が集まって、一つの物語になっているのじゃ。わらわが体験した話もあるぞよ」
「ボクが知っている話もあるかな！」
「あるかもしれぬのう」
「じゃあ、買うよ！」
　男の子はもがくようにして前に出た。半ズボンのポケットに手を突っ込んで小銭を取り出す。
「お小遣いかのう。少し多いぞよ。これはお釣りじゃ」
「ありがとう！」
　男の子は新刊本を胸に抱えて走り去る。サークルメンバーの一人が珠喪の耳元で囁いた。
「いいのですか？」
「なるほど、そうであったか。少しお釣りを多く渡し過ぎたようじゃ。すまぬのう」
「いいえ、そういうことでしたら」
　メンバーの一人は微笑みを浮かべて退く。別のメンバーが段ボール箱から補充の新刊本を取り出し、空いたところに置いていく。
「それにしても凄まじいのう」
　引っ切り無しに人が訪れる。
「サインはここかのう」
「はい、お釣りになります！」
「飲み物を買いに行ってきて！」
　喧騒の大きさに自然とサークルメンバーの声も大きくなる。
「水分補給です！」
「すまぬのう」
　珠喪はサークルメンバーに微笑み、ペットボトルを受け取った。まずは額に当てる。冷たさに目を細めた。
「癒しになるのう」
　ゆっくりとキャップを捻り、喉を鳴らして飲んだ。
「実に甘露じゃ」
　一時の癒しに身を委ねた。