【ネコミケ】熱い一日の最後は星空で｜リアクション

【ネコミケ】熱い一日の最後は星空で

　恵御納夏朝は個人サークルとしては初めての参加となる。長机の上には売り物である二作の同人誌が整然と積まれていた。中身のアピールも万全で二冊の見本も用意した。愛らしい猫を描いた栞と手製の猫のシールを添えた。
「……ドキドキだよ」
　椅子に座った姿で身体を強張らせる。落ち着かない様子でスマートフォンを手に取った。顔の前に掲げ、鏡として利用した。

　橙色の前髪を指で整える。目の色も同じでカラーコンタクトの具合を確認するかのように瞬きをした。
　軽く息を吐いた瞬間、人々が押し寄せてきた。その勢いは濁流に等しい。夏朝は反射的に軽く仰け反った。
「走るんじゃないぞ！　歩きながら急げ！」
　軍服姿の檜扇舞華が手にした拡声器で怒鳴る。
「こ、これがネコミケ」
　圧倒された夏朝の視界に若い男性が飛び込んできた。鼻息の荒い状態で目を輝かせている。
「見本、見てもいいですか」
「え、はい」
「……これ、いいですね。独創的で絵柄が可愛らしくて好みです」
　男性は読みながら感想を口にする。
「その、『ねここうりゅうのおはなし』は絵本の絵柄を意識しているの。周囲の『こねこだま』達には個性をもたせて、ふわふわした感じの幸せをギュッと詰め込んだ一冊に仕上げたんだよ」
　夏朝は照れながらも本の内容を力説した。
　男性は見本を閉じた。二作を一冊ずつ手にして、ちょうどの金額を差し出した。
「え、もう一冊は見なくていいの？」
「一冊だけでクオリティはわかります。それと楽しみはあとに取っておくタイプなので」
「そう、なんだね。お買い上げ、ありがとうございます」
　笑みを浮かべる夏朝に男性は片手を挙げて去っていく。雑踏に消える間際に振り返り、声を上げた。
「そのアバターのコスプレ、よく似合ってますよ！　今度は『そこにいるねこ』の店にも伺いますね！」
　夏朝は目を丸くした。
「あ、ありがとう！」
　すでに男性の姿はなく、人波に呑まれていた。
　――電脳世界の住人さんが、ネコミケにいてびっくりしたけど、嬉しい気持ちにもなるね。
　夏朝に自然な笑みが広がった。